小説

『お局ミチコと僧』ノリ・ケンゾウ(宮沢賢治『オツベルと象』)

 とある女性向けウェブサイトの三流コラムニストの一記事「あなたは大丈夫?お局と呼ばれるアラフォー女性の特徴」を、朝の窮屈な満員電車にイラつきながら、スマホをスクロール、スクロール、してまたスクロール、しまくって熟読するのは某地方銀行勤務、三十路もとうに過ぎてはや五年、今年で三十六を迎える女性社員ミチコ。独身。ミチコは憤慨寸前で思う、なんだこれ。
 自分にとって不利益、不愉快なウェブサイトのコラムなどはなから読まないで無視すればいいものの、ミチコは驚く程にその記事を真に受けてしまい今にも同じように満員電車に揺られている若いOLらしき香水なのかなんなのか知らぬがフェロモンムンムンの匂いがする女の頬を勢いに任せて叩いてしまいそうになりながらまたしても思う、なんだこれ。
 というわけでミチコを憤慨させた三流コラムの内容は、あの手この手あの視点その視点を駆使、加えて、若い女性社員から採集したアンケートのコメントを引用してお局と呼ばれてしまう女性の特徴がうだうだと書かれていたのが、端的に言えば、お局と呼ばれるか呼ばれないかの違いは、後輩社員に優しいか優しくないか、結婚しているかいないか、の二点に集約しており、これ以上も以下もないわけであった。つまり三十五歳独身のミチコは、この二つのポイントをきちんと抑えていて、しかも自身ですら記事に書かれていたお局女性の特徴が自分にマッチングするのを自覚してしまうくらい、己が自他ともに認める典型的なお局社員であった事実を、今日のこの、満員電車の中ではっきりと突きつけられたのであった。で、ミチコは思う、なんだこれ。
 何がムカつくって、こういうとこ。ミチコは誰に向かって呟くわけでもなく、心の声でこう前置きして、あのね、こいつらのコメントよ、コメント、超ムカつく。と言ってまたスマホの画面をスクロール。
「指導が嫌味っぽかったり、意地悪な人。自分は長く働いてるから何でもないことでも、新人にとっては大変なのを分かって欲しい」(23歳/金融/事務職)
 あー、こういうこと、よく言うよね。大体あんたら私の言い方が嫌味っぽいとかなんとか言うけど、逆にこっちの身になって考えた事あんのかよ。何回も何回も同じこと聞かれてたらね、たまったもんじゃないの。こちとらあんたらと違って仕事量も違うし責任も重いし大変なの、かまってらんないの。ていうか、あんたら同じことばっかし聞くじゃん?ね、いやあんたは何回も聞いてるつもりじゃないかもしれないけど、私からしたらもう何年何十年、新入社員とか後輩が代わる度同じ事聞かれてさ、飽きてんの!頭おかしくなりそうなの!分かる? 一分一秒たりとも同じ瞬間などない永遠に移ろいゆく時の中、しかしながら毎日が同じことの繰り返しであると思えてしまう程の単調な業務、や毎年人だけが入れ替わるだけでほとんど代わり映えのない後輩への指導に辟易しているミチコ。激昂寸前でスクロール。
「年下の男の子が好きらしく、合コンに誘って欲しいと言ってきた。どう考えても相手の男の子たちに悪いので、お局さんには自分の年齢をわきまえて頂きたい」(29歳/小売店/販売員)

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