小説

『お局ミチコと僧』ノリ・ケンゾウ(宮沢賢治『オツベルと象』)

 夕暮れ時も終わって、辺りが暗く、空には星が散りばめられる。ミチコは僧侶の肩に頭を乗せながら夜空を指差し、芝居がかった声で言う。
「ねえ見て住職さん、こんなに綺麗な空。私ね、あそこに見えるお星さまが欲しいの」
 ミチコの指差した方向に、手を伸ばす僧侶。
「あのねミチコさん、僕はミチコさんのためだったら、何だってプレゼントしますよ」
 そう言って、伸ばした掌で何かを掴むように握り、反対の手でミチコの手を取る僧侶。
「少しの間、目を瞑ってくれますか」
 その言葉に頷き目を瞑ったミチコに、僧侶がまた、
「ミチコさん、もう開けていいですよ」
 するとミチコに指には光り輝くダイヤのついた指輪がはめられていた。
「あらまあ」
 その石の美しい煌めきに、ミチコは一瞬で心を奪われてしまった。僧侶のその、あまりに目立つ着物姿も、目に入らぬ程に。

 ミチコは幸せを手に入れた。そう思った。指にはめたダイヤモンドは、ミチコの職場の若い社員たちの間ですぐさま注目の的となった。「なんでミチコさん、あんな高価な指輪をしてるんだろう」「一体、どこの誰に貰ったのかしら」「まさか自分で買ったんじゃないよね。いくらお局っていったって、うちの会社でそんなに稼げるわけないし」「まさか玉の輿?」「嘘でしょ、あのミチコさんが」
 後輩たちがひそひそと自分の指輪について噂話をしていることが、ミチコはこの上なく得意だった。ふふ、いい気味。羨ましいでしょ。口には出さずともミチコは内心で、私は幸せになる、この職場のどの女よりも、どんなに若い女よりも一番に。ああホント、いい気味だわ。
 心満たされたミチコは、後輩たちにも心穏やかになるかと思ったらそうではなく、以前にもましてお局然として、完璧にお局をまっとうしていた。ミチコは性悪であった。性悪だから、今まで自分が受けてきた屈辱を晴らすかのように、お局をする。今まで自分より一回りも年上のミチコをある種、哀れむことでお局ミチコに受ける仕打ちにも心の平穏を保っていた若い女性社員たちは、どうしてミチコが、なぜミチコが、といって羨み妬み苦しみ、そして悶えるだろう。というのがミチコの魂胆だった。性悪である。

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