小説

『お局ミチコと僧』ノリ・ケンゾウ(宮沢賢治『オツベルと象』)

 いやいやいや、たしかにいい歳こいて合コン合コン言ってんのはどうかと思うけど、じゃあどうすんのよ。ただでさえ職場と自宅の往復で出会いなんてないのに、どうやって相手を探せばいいのよ。てかまずあんた、29歳って。いや、29歳じゃん。あんたも大概だよ。十分片足突っ込んでますからね、お局に。若い子からしたら29歳なんて三十代と大して変わらないし、てかもうほとんどそれ三十路だしだいぶ三十路向かえてますから!そもそも私は合コン誘ってとか言ったことないし、だけどなんか若い社員たちがこそこそ「ねえミホ、あと一人どうする?」「どうしよ。きっちり人数合わせないとミツ君怒りそうだしなあ」「うーん、じゃあミチコさんは?あの人彼氏いなそうだし」「あー、いやでもちょっとキツくない?ミチコさん。年齢的に」「たしかにー」とか言って笑い合っていたのを私はこの二つの耳ではっきり聞きました、本当あれ思い出しただけで超ムカつく。余計なことを思い出して、ひとりでに怒りを増幅させるミチコ。まずそのミツ君って奴、あんたたちの話を外から聞いてる限りどう考えても安西(ミホのことです)のセフレだろ。なにセフレの男に感情移入しちゃって、そいつに嫌われないように必死に女集めしてんだよ。痛いわ、ホント。安西、お前は顔がいいだけの男の性欲のために一生都合良く扱われてそのまま死んで下さい。ミチコは心の内でキングコブラばりに毒を吐きながら画面に指がめり込む程の圧力でスクロール。
「いい歳して、未婚のまま職場にいるだけで痛い。人生楽しいのかな?って思う」(21歳/医療系/専門職)
 ああ人生。こいつ、人生って言ったよ。なによ、あんたの人生は結婚ですか。結婚は人生ですか。私だって、二十六のときに三年間付き合ってた男にプロポーズされたことあるし、別にチャンスがなかったとかそういうんじゃないから。それでもどこか自分の人生をここで決めてしまうなんて勿体ない、っていうか、や、まず人生とかじゃない、結婚は。じゃないけど、じゃないけど何、何なの。結婚、結婚、ってみんな言うけど、私も言っちゃうけど、たまに。あれって何なの。どういう感情?習わし?ああもうよく分かんない。私はさ、なに、結婚をしたいの?結婚は誰にでも訪れると信じていた十代や二十代、それを通り越して今。今年で私は三十六になります。彼氏はいません。それで合コンにも行ってはいけない私はどうやって結婚をしたらいいの。え、なんですか、私の人生は終わりですか。終わったのですか。二十六のときたしか季節は冬で、手が寒くってしょうがなかった海岸沿いで。彼のプロポーズを断ったあの瞬間に、私の人生は終わったのですか。不快でたまらなかったコラムでもなぜだか生真面目に読んでしまい、段々と毒され不安になっていくミチコ。ねえ私、愛が欲しい。愛が欲しいんです、心から。液晶画面を凝視しながら心の内でシリアスに呟くミチコ。電車の急な揺れに、目の前の加齢臭漂う男たちがミチコに向かって雪崩れ込んでくる。ああもう、私の人生って、何?

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