『姫』木江恭(『人魚姫』)
ツイート 朝焼けを背にして彼女は美しく微笑んだ。それじゃ仕方ないわ、とでも言っているようだった。だってあなた、私ではないひとを選ぶんでしょう。ならばそれが私の定めなのでしょう。 くたりと倒れ込む体をぼくは慌てて抱きとめ […]
『光の闇』和織(『白』リルケ)
ツイート 「お聞きになってらっしゃる通りですって?ええ、そう。明るいでしょう?あの部屋。いつもああなんです。姉がそうして欲しいと言うので。ええ。母が亡くなってから、庭にも白い花畑を作ったんですの。たくさん咲いているでしょ […]
『魔法のマッチ』長月竜胆(『マッチ売りの少女』)
ツイート レンガ造りの家々が並ぶ大通り。街灯の静かな明かりが照らす石畳は、どこか暖かさと冷たさを含んでいた。道行く人々は、白い息を吐きながら、一様に早足である。 そんな道の片隅で、一人の少女が立ち尽くしていた。彼女の […]
『BUGS CAPITALISM』澤ノブワレ(『変身』フランツ・カフカ)
ツイート 朝、目を覚ますと暮来はカナブンになっていた。 しかし、その事実は、暮来にほんの一時の混乱も絶望も与えなかった。それどころか、彼の心は踊り狂っていた。狂喜乱舞していた。 「ヒャッホオォウ!これで会社に行かなく […]
『母岩戸』室市雅則(『天岩戸』日本神話)
ツイート 澤田浩一は約七年間引きこもっている。 会社を退職して以来ずっと引きこもっている。 大学卒業後に金属にバーコードを印字する機械を扱う会社へ入社した。 金属と一口に言ってもアルミ、スチール、缶状、板状と様々 […]
『カグヤちゃん』木江恭(『かぐや姫』)
ツイート お客さん、マスコミの人? あ、違うの、こりゃ失礼。いや最近はもうだいぶ減ったけど、一ヶ月前は凄かったんすよ。取材の車とかさ、こんなでっかいカメラ担いで。何でって、例のあれすよ、白骨死体、今はもうほとんど下火 […]
『エナイ』和織(『ルンペルシュチルツヒェン』)
ツイート 殺し屋の彼がその悪戯を思いついてしまったのは、少しイライラしていたせいだった。彼はその日、いつものように深夜に仕事を終えて、夜が明ける前に自宅に着いた。彼が住むのは古いアパートだ。古いアパートにしか、彼は住ん […]
『かなしみ』末永政和(『デンデンムシノ カナシミ』新美南吉)
ツイート 一人の少年がありました。 ある日その少年は、大変なことに気がつきました。 「ぼくは今までうっかりしていたけれど、ぼくの背中にはかなしみがいっぱい詰まっているではないか」 だからぼくは学校に行きたくないのだ […]
『sleeping movie』日吉仔郎(『眠れる森の美女』)
両親はこの春から別居を始めて、夏には離婚した。二人が何で離婚することになったのか、まだ小四で十歳のわたしにはよくわからない。たぶん、お父さんが残業や出張ばかりであんまり家に居なかったからじゃないかと思う。 別居する直 […]
『ブリコラージュ』柿沼雅美(『流行歌曲について』萩原朔太郎)
ツイート 痛っ、と思って目を開けると、見覚えのない天井が広がっている。絡まった髪の毛を指でいじりながら見つめる。全然自分の趣味じゃない、裸電球の周りに鳥の巣があるみたいなデザインの照明がぶらぁと垂れ下がってきている。 […]
『そして、黄金の午後へ』山本紗也(『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』)
ツイート 花たちはお喋りをやめた。季節を忘れたうかれウサギも今ばかりはおとなしい。ヤマネは眠い目をこすっている。ケンカをしても一緒にいるトゥイードルダムとトゥイードルディ。塀から降りてきたパンプティダンプティ。ライオン […]
『犬が桃太郎の名を呼ぶ話』月山(『桃太郎』)
ツイート 「桃太郎さん、桃太郎さん」 「なんだい犬君」 「お腰につけたきびだんごをくださいな」 「この袋のことかい」 「はい、その中のきびだんごをください。美味しそうな匂いですね」 「匂いだけなんだ」 「はい?」 「きび […]
『七分の六番目の河童』園山真央(『河童』芥川龍之介)
ツイート 「どうして断ったの?」と、二つ年上の律子さんに怒られる。律子さんは正座した体をぐるりと九十度こちらに向けて、ふっくらした柔らかい手で私の両手を握りしめながらそう言った。事の発端は先週の夜。新宿でご飯を食べない […]
『種なし葡萄』おおさわ(『織姫と彦星』)
ツイート 福島の実家に戻って、ひさしぶりに自転車に乗ってみれば。 ベルの音は、“ちりーん”から“しゃかじゃか”てな音になりまして。 自転車も老いていくんだと、当たり前のことを思い出しては、スカートを押さえつつ。 葡萄をも […]
『末裔』広瀬厚氏(『雪女』)
ツイート 猛烈な日差しが容赦なく照りつける大変に暑い夏の日だった。熱したアスファルトのうえ見える逃水が、その名の通り近づくと遠くへ逃げる。近づくとまた遠くへ逃げてゆく。 ビルに取り囲まれたコンクリートジャングルの雑踏 […]
『眠り姫とオフィーリア』乃波深里(『眠れる森の美女』/『ハムレット』シェークスピア)
ツイート 極彩色の空の中を、あたしは高校の制服を着て、ひたひたと歩く。 空の中にもかかわらず、地面はあるのか。という気もしなくはないが、そこはまぁ、そういうものなのかもしれない。 やがて、つま先にひやりとした水の感触 […]
『瓢箪から駒』広瀬厚氏(『地獄変』芥川龍之介)
ツイート 「困った」売れない小説家である佐川俊介は頭を抱え呟いた。久しぶりに原稿の依頼が来た。それもかなり割の良い話である。ここずっとろくな収入のない彼にとって是非とも受けたい仕事である。しかし全く書く自信がない。「どう […]
『光にゆく羽音』柿沼雅美 (『冬の蠅』梶井基次郎)
ツイート 「誰か、僕のことを知りませんか?」 「誰か、誰か、僕のことを知りませんか?」 そう言いながら渋谷の街を歩くと、30代くらいの女性が珍しいものを見るような目をしながら通り過ぎた。横からは、女子高生たちがス […]
『階段職人』早乙女純章(『小人の靴屋』)
ツイート 階段が壊れてしまった。 それは通勤ラッシュの時間帯に起こった。電車から降りた人々が、地上へ伸びる階段を昇ろうとしても、階段が壊れてしまったので昇れない。 階段上にいる人々は脚を懸命に動かすものの、体はどう […]
『粗忽なふたり』室市雅則(古典落語『粗忽長屋』)
俺だ。 俺が死んでいる。 桜木町の駅のそばで。 アブラゼミがうるさい。 待て。 そいつは俺ではない。 何故なら、俺は生きて、自分の目でそいつを見ている。 手のひらに鈍い痛みを感じている。 さらに今の俺の […]
『(有)桃太郎出版社』吉田大介(『桃太郎』)
ツイート 九州は筑前、福岡市中央区渡辺通り、道路拡張工事で立ち退きが予定されているラーメン屋の裏手、薄汚い全面昭和造りの茶色い三階建て雑居ビルに、桃田が社長を務めるチンケなその出版社はあり、従業員を二人かかえて全くの赤 […]