小説

『七分の六番目の河童』園山真央(『河童』芥川龍之介)

 「どうして断ったの?」と、二つ年上の律子さんに怒られる。律子さんは正座した体をぐるりと九十度こちらに向けて、ふっくらした柔らかい手で私の両手を握りしめながらそう言った。事の発端は先週の夜。新宿でご飯を食べないかとの急な誘いに出かけてみたら、律子さんだけではなくその旦那さんと、それから見知らぬ男性が一人、座っていたのだ。要は、何も聞かされぬまま引き合わされた。だまし討ちのお見合いのようで腹が立った。連絡先も無理やりのように交換させられた。だから私は断った。そのことがおそらく旦那さんを通じて伝わり、今、私は茶道のお稽古中の八畳間で怒られている。
「良い人だったでしょ? どこがいけなかったの? 何が不満なの?」
「いえ、別に、何も」
「じゃあ、どうして」
「そもそも、探していませんし」
「付き合っている人、いるの?」
「いません」
「だったら――」
「興味ないんですってば」
「どうして?」
「律子さん、律子さんが善意でそうしてくれているのはよく分かりますよ。だけどそれは、律子さんの価値観なんです。誰かと付き合い、結婚して、子どもを産むことが幸せだとは、私には思えないんです」
「どうして?」
「どうしてもこうしても、だから価値観が違うんですよ。ねぇ、この話は止めましょう? 私たち、喧嘩になるだけですよ。話は延々、平行線で、決着点なんてないと思います」
「どうして?」
「だから――」
 うんざりした私が声を荒げかけたとき、「それじゃあ、なにが慶ちゃんの幸せなの?」と、次客の席でずっ、と濃茶を啜り終えた早苗さんに問いかけられた。正客を努める美穂ちゃんが「お茶碗拝見を」と礼をする。受け礼をした早苗さんは飲み口を紙小茶巾で清めながら、パッチリとした大きな目で畳の近くから私を見上げた。早苗さんと律子さんは仲が良い。だから律子さんの配慮を無碍にする私が気に入らないのだ。

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