小説

『種なし葡萄』おおさわ(『織姫と彦星』)

福島の実家に戻って、ひさしぶりに自転車に乗ってみれば。
ベルの音は、“ちりーん”から“しゃかじゃか”てな音になりまして。
自転車も老いていくんだと、当たり前のことを思い出しては、スカートを押さえつつ。
葡萄をもらうために親戚の家へとペダルを漕ぐ。

空気の澄んだ田舎から出てきたハタチの少女は、新宿駅の乗り換えも迷わないミソジになった。
古田と暮らす東京で、10年。
古田は何のポリシーだか、ランニングシャツしか着ないやつで。
私の買ってあげたTシャツはそっとタンスに入れて、気づいたらランニングシャツ姿で。
付き合い始めたときは、何かの宗教じゃねえか、とか思ったりしたけど。そんなのあるはずわけなく、あったらあったで興味ないこともないなあ、と笑ってみたり。
付き合って少し経って、ランニングシャツを着る理由を聞いてみたら、「暑いから。」とあっけらかんと答えられて、親の形見なのかとか、そういうバイトなのか、とかとか3日も悩んだのがバカバカしくなり首をかしげてみたり。親の形見でランニングシャツってなんだよってがっくりきたり。
付き合って10年が経っても、ランニングシャツを着ている古田に見慣れ、遂には感心しては頷いてみたり。
古田は、何年経とうが古田な訳で。
そんなこんなで福島に戻ってきて、古田と別れることを、ふと決めた。
別れるって言葉を使えば安っぽい感じがするし、他から見たら..やっぱり安っぽいのだろう。
理由だって、金銭的に先が見えないとか、実に安っぽいわけで。

なんて考えて、着いた親戚の家は、父の葬式以来だから3年も前になる。
「あらあ、もう大人になっちゃって」とか、自覚のない嫌味を言われつつ葡萄を貰うのだろう。いいのだ。葡萄をもらって、帰る。それだけ。と言い聞かせ、手のひらに『ぶどう』と3回書いては聞いたことのない呪い(まじない)をしてみたりする。
戸を開けると、ちっこい時によく嗅いだ匂いがする。安い旅館にはいったときのあの匂い。
「あらあ、もう綺麗な大人になっちゃって」と、よく分かんないオマケはついてきたが大体は同じで。

福島の実家に戻って、ひさしぶりに父の仏壇に手を合わせてみれば。

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