小説

『七分の六番目の河童』園山真央(『河童』芥川龍之介)

 二次会まで出て疲れ切り、日曜日をぐったりと寝て過ごすと、当たり前だけどもまた月曜日がやって来る。乗り慣れた電車にごとごと揺られて会社へ向かう。毎朝、同じ電車の同じ車両に乗るから、ある駅で止まると、いつも教会の大きな十字架と看板が真正面に見えた。看板には「GOD IS LOVE」と書いてある。〈神は愛〉。なんだか嘘くさいな、と突然思う。それはもしかしたら、昨日の結婚式のせいかもしれない。「わざと片言のオプションを頼んだ」らしい金髪の神父さんが、「カワラヌ、アイヲ、チカイマスカ?」と尋ねていた。学生時代から六年間付き合って結婚する早苗さんたちの愛を疑うわけではないけれど、片言のオプションと相まって〈愛〉という言葉、それ自体がどうも腑に落ちない。夏目漱石が「I LOVE YOU」を「今夜は月が綺麗ですね」と訳したというが、そちらの方が正しいように思える。〈愛〉なんて、大仰すぎるくせに満ちては欠ける月よりも正体がない。

 会社の前にリクルートスーツを着た不安げな顔、顔、顔。集まって固まって行動している新入社員。私たちも去年はああだったのか。早いもので、一年が経った。そしてあっという間に四月も過ぎ、五月になる。茶道のお稽古は炉から風炉に変わった。抹茶を立てると、正客席の早苗さんが辞退して次客にお茶を送った。これまでに無いことなので首を傾げると、「ふふふ」と笑いながら妊娠したのだと言った。
「早いですね」と彩さんが言う。
「子どもができにくい身体だって言われたから、排卵誘発剤を使ったら、却ってあっという間にできちゃって。三年くらいは我慢しなきゃかなと思ってたのだけど、まぁ、思いがけず。でも、良かったんだと思う」と早苗さんはお腹を撫でた。
「今、どれくらいですか?」と百子さんが聞く。
「三ヵ月。ようやく安定期に入ったの。小まめにお医者さんに通ってたから、もっと前から分かってたんだけどね、流れちゃうかもしれないから、安定期に入るまではあんまり人に言えなくって」
「流れちゃう?」と、思わず私は点前座から思わず尋ねた。
「流産。お医者さんがね、流産って聞くと、皆すごく悲劇的なことのように考えてしまうけど、実は七分の一くらいの可能性で起こるから、全然珍しいことじゃないんだ、って。たぶん、体質的に可能性が高いから、もしそうなってもがっかりしないように、って先に忠告してくれたのだと思うのだけど」
「無事、安定期に入って良かったですね」と美穂ちゃんが言った。
「本当だよ。良かったよ。ねーぇ?」と、早苗さんは語りかけるようにまた、お腹を撫でた。

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