小説

『かなしみ』末永政和(『デンデンムシノ カナシミ』新美南吉)

 一人の少年がありました。
 ある日その少年は、大変なことに気がつきました。
「ぼくは今までうっかりしていたけれど、ぼくの背中にはかなしみがいっぱい詰まっているではないか」
 だからぼくは学校に行きたくないのだと、少年は思いました。ノートや教科書や文房具に混じって、ランドセルのなかにはかなしみがつまっている。どうりで重たいわけでした。
 すると少年の目には、いろいろのことがかなしみを背負っているように思えてきたのです。小学校の校庭の銅像も、枯れ枝をたくさん背負ってしかめっつらをしていました。テレビで見た登山者も、大きなリュックを背負ってくるしそうな顔をしていました。大人になってもこのかなしみが続くのかと思うと、もう生きていられないような気がしてきたのです。みんなも同じようにかなしいのだろうかと思ったけれど、そんなことを友達に聞くわけにもいきません。ひとりぼっちが身にしみて、なんだか泣きたいような気持になりました。

 寒い冬は陽がはやく落ちて、少年は薄暗がりのなかをトボトボと歩いていました。真っ黒なランドセルはいつもより重たく感じられました。
 学校から家に帰ると、おかあさんの背中で赤ん坊がわんわん泣いていました。半年前に生まれたばかりの妹です。少年は、この妹にお母さんを取られたような気がして、それでかなしかったのです。自分もお母さんにおんぶしてほしいのに、あべこべにランドセルを背負わされている。そして毎朝、ランドセルを背負ったらお母さんと離ればなれにならないといけないのです。学校で授業を受けているあいだ、妹がお母さんを独り占めしているのかと思うと、それもかなしくてしかたないのでした。
 けれどその日は違いました。お母さんが、少年にはじめて妹をおんぶさせてくれたのです。とたんに妹は泣きやんで、小さな手をばたばたさせながらかわいらしく笑いました。そのたびに首元にやわらかい息がかかって、くすぐったくて仕方ありませんでした。冬の寒さなんて忘れてしまうくらいに妹の体はあったかくて、少年の心もあたたまっていくようでした。

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