「どうせ死ぬのだったら、俺たちの巣穴のそばで死ねばいいのだ」
仲間の誰かがキリギリスに放った言葉を、彼は忘れられずにいた。
秋が深まり、食べる術をなくしたキリギリスが餌を乞いにやってきたとき、彼は仲間の蟻たちとともにその無様な姿を嘲った。気の向くままに歌い遊び、享楽的な生き方を続けた報いだと、彼らはキリギリスを口々に非難した。足蹴にするような真似こそしなかったが、死の影に怯えるキリギリスを追いつめるには十分すぎる仕打ちであった。
そして数日後、彼は行き倒れたキリギリスを見つけたのだった。懲りずに物乞いに来る途中だったのか、それとも侮辱を真に受けたのか知らないが、実際にキリギリスは、彼が暮らす巣穴の近くで息絶えていた。
仲間の蟻たちはまだ目覚めていない。彼は誰よりも勤勉だったから、朝目覚めるのも、巣穴から出るのも一番早かった。いずれ死のにおいをかぎつけて、仲間たちが集まってくるだろう。彼は地にうがたれた巣の入り口を一瞥してから、動かなくなったキリギリスの足にかみついた。
一人で運ぶにはあまりに重かったが、彼は懸命に亡骸を引きずった。少しずつではあったが、緑色の影は巣穴から遠ざかっていった。
後悔ではない。同情でもない。ただ彼は、仲間の嘲りのとおりに命を終えたこの別族に、なぜだか敬意のようなものを感じたのであった。
今となっては確かめようもないことだが、彼はおそらく、このキリギリスと言葉を交わしたことがあった。夏のさかりの、昼日中だった。突然の雨に打たれて身を隠した草葉の陰で、彼は甲高いキリギリスの声を聞いたのだった。
声は雨音とともに、天から降ってきた。見上げると、先を垂らした雑草の葉裏に、キリギリスがはりついていた。
同族としか言葉を交わさないのが彼らの世界の暗黙のルールであったが、突然の問いかけに惑わされて、知らず知らず彼は口を開いていた。
「楽しいかね?」
キリギリスはそう言ったのだった。
「別に楽しい思いをしたくて生きているのではない」
少し考えてから、彼はそう答えた。彼はおのれの勤勉さを誇りに思っていた。女王のために、仲間のために、そしておなかをすかせた子どもたちのために、熱された大地を餌を求めて歩きまわるのも決して苦ではなかった。生き方に疑問を抱く必要などない。種族のために尽くすことこそ彼の生きがいであった。それを楽しいと形容することもできるのかもしれないが、キリギリスに対して楽しいと答えるのは癪だった。
「誰かのために生きるというのは、どんな気持なんだね」