小説

『ロータス・イーター』末永政和(『蟻とキリギリス』)

 キリギリスは次に、こう問いかけた。
「誇らしいことだ」
 彼は迷わず答えた。あんたには分かるまい、そう続けると、キリギリスは悲しげに笑ってみせた。
「俺たちは仲間などつくらない。どうせ冬が来れば死んでしまうんだ、その日その日を一人で笑って暮らすのが性に合っているのさ。そうしていれば、歌声に惹かれて雌がやってくる。もし俺がこの世で成すべきことがあるとすれば、それは雌と結ばれ、子をつくることだろうな」
「それなら、雌や子のために生きればいいではないか」
「交尾が終わってしまえば、俺たち雄は用済みなのさ。カマキリのやつらは交尾の直後に雌に食い殺されるというから、それに比べれば恵まれているほうだろう。いずれにせよ、俺たちもまた緩慢に死を待つしかない」
「あまり楽しい生き方には聞こえないがね」
「だから出来得る限り、楽しく暮らすのさ」

 死の間際まで楽しく暮らしてみせると言ったキリギリスも、結局は飢えの心細さに負けて惨めな姿をさらした。キリギリスはあのとき、見知った顔があることに気づいていただろうか。それさえも分からぬほどに、弱り果てていただろうか。
 たとえどんな経緯であったにせよ、死は尊いものだ。この亡骸ひとつで、どれだけの仲間が空腹をしのげることか。
 しかし彼は、キリギリスの体を巣穴から遠ざけようとした。疑うことなく仲間のために尽くしてきた彼にとって、初めての裏切りであった。
 別段深い考えがあったわけではない。どこに亡骸を移動させたところで、結局は誰かの胃袋におさまるのだろう。だからといって、無慈悲な言葉を投げつけた仲間たちのためにキリギリスの体を差し出すのはやるせなかったのだ。仲間たちはきっと、それ見たことかと腹を抱えて笑うだろう。死者の魂を踏みにじるだろう。そんな仲間の姿を見たくはなかったし、死してなおそんな風に踏みつけられるキリギリスを見たくもなかった。
 どれほどの時が流れただろうか。まだ仲間たちの気配は感じられない。不意にあたりが暗くかげって、体がふっと軽くなった。と思ったのもつかの間、彼はキリギリスの亡骸ととともに、中空に浮かび上がっていた。
 鳥につかまったのだとすぐに理解した。考える暇もなく、体はどんどん高所へ運ばれていく。突風におそわれて体が宙を舞うことが過去に何度かあったが、ここまで高い所から大地を見下ろすのは初めてのことだった。ずっと地面をはいつくばって生きてきた彼にとって、眼下に広がる景色はひどく美しく、厳かに思われた。自分がいかにちっぽけな存在かを思い知らされた。

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