『邪眼』末永政和(太宰治『燈籠』)
ツイート 申すも恥ずかしいことでございます。永野さんとは、ことしの夏、ちかくの病院で知り合いになりました。永野さんは左の眼に眼帯をかけて、不機嫌な表情で独逸語の辞書のペエジを繰っていました。窓の向こうに陽炎がたち、植え […]
『人形姫』原口りさこ(『人魚のひいさま』)
ツイート そのちいさなお人形は、ハル君のためのお人形でした。 ハル君がお腹の中にいる時、ハル君のお母さんは、赤ちゃんを女の子だと思っていました。お母さんは赤ちゃんに「ハルコ」と言う名前まで付けていたのです。そして、 […]
『独白』夢野寧子(『眠れる森の美女』)
ツイート 当初はクライン・レビン症候群、通称“眠れる森の美女症候群”に似た睡眠障害と思われたこの病気は、今では“眠れる森の少女症候群”と呼ばれるのが一般的だった。何故“少女”なのかといえば、通称に反して発症者の多くが男 […]
『入水失敗の醜女』玉響かをり(『宇治拾遺物語』「空入水したる僧の事」)
ツイート むかしむかし、とある王国に、水きらめき緑映えるキーン地方という豊かな土地が広がっていました。 そのころ、キーン地方の領主夫妻にはふたりの娘がいました。蒼天の陽光にたとえられるほどに美しい姉リュクスと、朝日の […]
『道』藤野(『古事記』「黄泉比良坂」)
ツイート 道とは必ずどこかに通じるためのものだろう。どこにもたどり着くあてのないものなど道と呼べるのだろうか。人が暮らし営みを続けるうちに自然と道が生まれ、人が踏みしめ道が広がっていく。人がならした道を歩いている限りは […]
『変人老科学者の計画』十六夜博士(『旅人とプラタナス』)
ツイート ヒュンという音がした。 次の瞬間、そのスペシャルサービスの男は、自分の隣にいる守るべき男が崩れ落ちるのに気づく。 「大統領!」と咄嗟に叫び、手を伸ばす。だが、大統領と呼ばれた男は、そのまま道に転がった。 辺 […]
『A Boy Behind the Shutter』植木天洋(『オリバー・ツイスト』)
ツイート ふとした思いつきから外出した。二三日家に引きこもってテレビばかり見ていたから、実家の近くにある長いアーケードや公園を一人でぶらぶらしたかった。 季節はちょうど秋で、寒がりのわたしにはコートを着てちょうどよい […]
『銀杏並木の最後の一葉』渡辺明日翔(『最後の一葉』)
ツイート K大学に幾つかあるキャンパスのうち、殆どの学部の一年生が通うHキャンパスには学生間でまことしやかにささやかれる、伝説といえば大袈裟だが、話があった。それは4月に入学してから秋と冬の境、このキャンパスの名所であ […]
『かえるのうたが』広瀬厚氏(『かえるの合唱』)
ツイート いつの時代でも子供達は自然の生き物が大好きである。どんなに文明が発展しようとも、基本それは変わらない、と願う。 初夏、ある晴れた日、小学生の息子が近所の田んぼで、おたまじゃくしを網にすくい、バケツに入れて家 […]
『生贄』志水崇(『魔術』芥川龍之介『夢十夜』夏目漱石)
ツイート 通りに面したオープンカフェで行き交う人々をぼんやりと眺めながら、私は途方に暮れていた。経営する会社の事業が行き詰まり、今のままなら、遠からず倒産が確実なのだ。昨年、妻が急逝し、三歳になる一人息子を抱えて、この […]
『VR恋愛住宅』柿沼雅美(『恋愛曲線』)
「え、VRマンションに引っ越したんですか? すっごーい!」 昼間よりメイクが濃く見える美嘉がカフェモカを店員さんから受け取り、焦るように向かいに座った。 「うん、審査に通ったの」 私はブレンドコーヒーを唇につけて、熱 […]
『ブラッド・チョコレート』和織(『カーミラ』)
ツイート そのとき私は、友人に約束をキャンセルされ、あと一時間早く連絡をくれれば家を出ずに済んだのにと、ため息をついた。するとクスッと笑う声が聞こえて、顔を上げた。目の前に、美しい少女が立っていた。白い光を宿した少女は […]
『Loveless』五十嵐涼(『ピノキオ』)
ツイート スクリーンに流れるエンドロールと、館内を包み込む叙情的なメロディー。まだ映画の余韻が抜けきれないのか、後方から鼻をすする音が聞こえてくる。 (僕もいつかこんな風に、恋いこがれて死ねる日が来るんだろうか。たった […]
『祈り』多田正太郎(昔話『雨乞い』など)
ツイート 祈祷師だろか? まさか、こんなところに、な。 いや、こんな時代に、かな。 そんなこと言われたらよ。 祈祷師だって困るだろうさ、きっとよ。 随分、肩もつんだだなぁ。 肩もつ? ああ、そうだろうさ、呼んだ手前だろ。 […]
『囚われのセリヌンティウス』石川哲也(『走れメロス』)
ツイート まったく、メロスにはいつも驚かされる。 二年ぶりになる旧友の来訪を待っていたのだが、ようやく深夜に現れたのはメロスではなく、王の警吏だった。私を王城へ連れて行くという。 老いた母は屈強な男たちにすがって憐 […]
『砂塵のまどろみ』化野生姜(『眠い町』『砂男』)
ツイート …砂漠が広がっている。 砂塵によって空は黄色くかすみ、一陣の風が吹くとざわりと砂が舞いあがる。そして、砂はどこまでも遠くへと運ばれて行った…。 「…未明の『眠い町』に出てくる砂ってさ、老人が『疲労の砂漠』から持 […]
『はじめのモモ』みしまる湟耳(『桃太郎』)
ツイート モモは 桃から産まれて いー匂い あまいやさしい匂いにつられ においをかぎたいもの 羽毛にその匂いをうつしたいもの ほおずりをしたいもの もっと鼻をちかづけたいもの あつまった あつまった あつまったものの中に […]
『翳りゆく部屋』末永政和(『地獄変』芥川龍之介)
ツイート 眠るように、妻は息を引き取った。私は涙を流すこともできず、妻の手を握りしめたまま立ち尽くしていた。私の呼吸は乱れることもなく、その平静さがかえって悲しかった。 人は死を迎えると、すべての重さから解放されると […]
『ラララ・シンデレラ』木江恭(『シンデレラ』)
ツイート ラララ・シンデレラ ハッピーエンド・灰かぶり なのに ホワイ アム アイ ノット ハッピー? 教えてほしいよ フェアリーゴッドマーザー 雑誌で読んだ「荒れたお肌は悪印象」 だから調べた「クチコミ・効果・化 […]
『天井ウラウラウラ』松明(『屋根裏の散歩者』)
ツイート アパートの管理人が殺虫スプレーを持って玄関に現れた。 「ええと、最近、ちょっと虫が多いみたいだからね、配らせていただいてるんですけどね。いるでしょ、芋虫みたいなの」 「はあ、いますね」 「穴とか隙間に吹きつけ […]
『花瓶少女』渕上みさと(『鉢かつぎ姫』)
ツイート 「上原さん、学校に余計なもの持ってきてはダメでしょ。」 今朝、登校すると朝の会で隣の席の上原さんが担任に注意されていた。 「早く被っているものを取りなさい。」 「いいえ、出来ません。こうしないと母の体調が良く […]
『冷蔵庫の中の女』洗い熊Q(『雪女』)
ツイート 純白な一面。薄れも汚れもない、崩れも足跡もない雪面。 昇ってくる朝日に、結晶の一粒一粒が応えきらきら光り。 澄み切った高い空には雲一つ無く、星がまだ見えそうな藍色から、陽の温かみを感じさせる浅紅の色が混ざ […]
『吾が輩は神ではない』洗い熊Q(『吾輩は猫である』)
ツイート 吾が輩は猫である。 名前は一応ある。 そして吾が輩は超能力がある。 だが、神ではない。 能ある鷹は爪を隠すと言うが。 鷹であるさえ隠さず負えない小生は、も少し足を伸ばし寝たいもの。 それが吾が輩で […]
『脱出するなら絶望から』柘榴木昴(『死に至る病』)
ツイート 働きもせず、学生でもない奴をすべてニートだと思ってもらっては困る。ニートには積極的に働かないクズニートと働く気持ちがないわけではないけど結局動かないダメニートの二種類があるのだ。前者は挫折から立ち直れず世間か […]
『蛍』菊野琴子(『金ちゃん蛍』与謝野晶子)
ツイート むかしむかし、蛍という虫がありました。 その頃の蛍は、頭の先が少し赤いだけの、真っ黒い虫でした。綺麗な声で鳴くことも、面白く跳ぶこともない蛍を、子どもらは退屈がって、見つける端から踏みつぶして殺してしまうの […]
『寒戸のガングロ』室市雅則(『遠野物語』)
ツイート 遠い昔より黄昏時に女子供は神隠しにあうと言う。 これは、ほんの少しだけ昔のお話。 1980年代後半の秋。 東北地方のとある町の一軒家。 ある日、その家に住む六歳の少女が忽然と消えた。 履いていたサン […]
『ツルの憂鬱』poetaq(『 鶴の恩返し』)
ツイート 「ったく、何枚織らせれば気が済むのよ!」 おツルは機織りの手を止めた。眉を寄せ、頬を歪めて、実に不機嫌そうである。というのも、養子にしてくれた老夫妻へのお礼に自慢の羽毛で二反、三反と緞子を織ってあげていたのだ […]
『ヤドリバチ』末永政和(『芋虫』江戸川乱歩、『変身』カフカ)
ツイート ある朝、小暮進が夢から目覚めたとき、自分の体がベッドの上で金縛りにでもあったように動かないことに気づいた。安物のマットレスのせいで背中がこわばり痛むが、体を起こすことはおろか、寝返りをうつこともかなわない。全 […]
『魔術師』おおのあきこ(『魔術師』)
ツイート スマホ画面に見入っていた智春は、だれかに肩を叩かれ、はっとわれに返った。 「よっ」 3年先輩の吉野だった。 「あ、どうも」 智春はあわててスマホをポケットに戻した。 「どうした? せっかくの全社合同忘年会 […]
『洗濯とワイシャツと鬼』黒岩佑理(『桃太郎』)
ツイート たまの休日に早起きして、百瀬太郎は洗濯機の前にいた。なんせ、彼の趣味は洗濯だ。しかし彼は洗濯する暇もないほど、日々仕事に追われている。最近は本気で「毎日、洗濯できる」ぐらい時間的余裕のある仕事に転職しようかと […]