小説

『VR恋愛住宅』柿沼雅美(『恋愛曲線』)

「え、VRマンションに引っ越したんですか? すっごーい!」
 昼間よりメイクが濃く見える美嘉がカフェモカを店員さんから受け取り、焦るように向かいに座った。
「うん、審査に通ったの」
 私はブレンドコーヒーを唇につけて、熱くてすぐに離した。
「まじですか! どうやったんですか? 最新VR使えるし日常生活も楽になるんですよね? そんな恋愛曲線が完璧になって入居審査に通ることなんてあります?」
 そう言いながら顔を近づけてくる美嘉から、溶けたチョコレートのような甘い匂いが漂ってくる。

 私たちの世界から所謂昔の恋愛が無くなって60年くらいたつらしい。今のおばあちゃん世代は昔で言う恋愛をして結ばれて、それでも別れたり、そもそも恋愛が結婚に至らなくて一生シングルというのも珍しくなかったらしい。
 どんどんと減り続ける人口、ロボットに代わられる仕事、自然災害で健康な人間が失われていく現実、これらを考慮して対策がされた世界が今の私たちの時代だ、と義務教育のVR授業で習った。
 昔で言う恋愛という形はほとんどなくなり、18歳以降で結婚を希望する男女は自分の意志で病院へ行き、健康状態を調べられ、遺伝子的に相性の良い相手を選定してもらう。
 顔や性格の好みも、遺伝的し好の項目にあるので悲惨な結果にはならない。相手が決まったら、生まれたときに手のひらに埋め込まれたマイクロチップと心臓をお互いにケーブルで繋ぎ、相手の心臓の生理的動きを交換し、それぞれの曲線の弱いところを相手が埋められるように調整し、恋愛曲線を製造することになる。この治療が終わると、驚くほど相手と波長が合うと感じることができる。
 そして、恋愛曲線が理想型に近いと判断されたカップルには、最新設備のある賃貸住宅への格安での入居申し込みが優先的に行われている。
 私と彼は、この恋愛曲線が理想的だったために、最新VR設備の賃貸住宅へ申し込むことができた。そもそも、私と彼は、病院で検査をした際には既に理想的な曲線を作っていたのだから当然といえば当然だった。

「いや、実は、私たち旧恋愛なの。だから、理想曲線ができて当然だったんだよね」
 私がおそるおそる言うと、美嘉は、目を大きくひらいて、カップから口を離すのも忘れているようだった。
「え? え? 旧恋愛って、あの、自然に出逢って好きになって、ってやつですか?」
「うん、そうそれ」
「まじですか! なにそれ、ほんとにそういうのあるんですね! あたし初めて会いましたそんな人! こんな身近に、職場の先輩に旧恋愛の人がいたなんてびっくり!」

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