小説

『銀杏並木の最後の一葉』渡辺明日翔(『最後の一葉』)

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 K大学に幾つかあるキャンパスのうち、殆どの学部の一年生が通うHキャンパスには学生間でまことしやかにささやかれる、伝説といえば大袈裟だが、話があった。それは4月に入学してから秋と冬の境、このキャンパスの名所である銀杏並木の葉が散り終える迄に恋人ができなければ、大学在学中は恋人ができないという、当事者たる一年生達を、一笑に付し気に留めない振りをしながらそわそわと落ち着かなくさせる話で、Aもその一人、いや代表者と言ってよかった。
 田舎から大学進学に合わせて上京した青年であるAは、田舎人らしい純朴な気立てと飾らないが人懐っこいような外見の持ち主で、男女を問わず会う人には好印象を与えた。しかし、彼の言い分によれば、都会での暮らしに慣れ、学業と多忙な演劇のサークル活動を両立することに彼の半年と一二ヶ月は、寸分の隙なく奪われてしまっていたのだ。つまるところ、彼は色恋に無縁のまま、十二月を迎えようとしていた。
 銀杏の落とすギンナンが臭気を放っている間は、仲間達と笑ってもいられた。だが、その臭いを殺すような寒さがキャンパスを包み始めたその頃になると、その仲間達は恋人を作ってよそよそしくなり、いよいよ彼は孤独を深めて、取るに足らぬと笑ってきた例のうわさ話に、その心を支配されつつあった。
 その仲間のうちの一人Bは都会の富裕な家に生まれ、端正な顔立ちと気の利いた機智を持つ、女友達の多い青年で、Aとは全く逆の境遇にあったが、サークルと学部を同じくしていたことで知り合い、Bは彼の友人の中では珍しいAの正直さに、Aは軽薄に見え実のところ友愛に溢れているBに惹かれて親しくなり、自然共にいる時間も長く、Aの憔悴した様子を気にかけていた。一度ならずAに女友達を紹介しようとしたこともあったが、日頃とても正直な彼は色恋が絡んだ途端、つむじまがりの強情っ張りとなって、Bの救済の試みはことごとく失敗したのであった。
 悲観し、憔悴するAとそれを気にかけるBの心を知ってか知らずか、サークルの先輩はAの居る場で平気で銀杏並木の話は本当だとか、このジンクスを気に病み、これを祓う為に学校をやめた者まであるとか笑って話し、Aは引きつった笑いとぎこちない相づちを作るのに精一杯で、またBもAのそのような様子を見て、彼を気にかけるのであった。
 このように、自身の悩みをひた隠してきたAであったが、友人同士の打ち解けた会話の中で人は一番正直になるらしい。数人の、Bも含めた友人らとキャンパスの銀杏並木の通りを歩き談笑していた時、枯れてゆく銀杏を見てAはつい
「葉も随分と散ってしまったな。まるで最後の一葉のジョンジーみたいな気持ちがするよ」
なんてことを口に漏らしてしまった。

 Bはサークルのある先輩に用事で会った時、ついにAのことを相談したのだった。このCという先輩は何年か留年をしているらしく、いわば大学の落伍者であったが、何だか微妙に貫禄があるので、助教授と呼ばれていた。Cの性格は、自らチンドン隊を率いて講義に乱入し、妨害した事件に代表されるよう祭り好きな破天荒で、しかし後輩の面倒見が良い為周りの人に慕われていた。

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