小説

『銀杏並木の最後の一葉』渡辺明日翔(『最後の一葉』)

 Cはそんなつまらない話を真に受けるなんて、とAを嘲りつつも、やはりいたく同情し気にかけた様子で、Bに彼を元気付けようと誓った。大学生が世間に対し独特な文化を持つ部族であるとすれば、その長老と呼べるCは、大学生の悩みを、特に色恋の絡んだ悩みを吹き飛ばすのなら馬鹿を、それもできるだけ盛大にやるに限ると言った。
 Cのアイデアはこうであった。Aが口に漏らした『最後の一葉』をヒントに、キャンパスの銀杏の木に決して散ることのない一葉を加えるという馬鹿をやり、Aを笑わせて脱力させるー成る程、馬鹿らしい。が、どこか洒落ている気がして、それがBの気に入った。
 その日から、計画は具体的に練られ始めたが、初めCの演劇の道具係仲間を、次第にサークル全体を、やがては馬鹿騒ぎに目のない周囲の大学生を巻き込んで大掛かりになり、しまいには銀杏ともモミともつかぬ珍妙なクリスマスツリーを銀杏並木の外れに打ち立てるという、訳の分からぬものへと発展した。
 更に訳の分からぬことには、初めAを慰める為であった計画が、その規模を膨らませた末に全てのシングルの学生のための慰霊式のような祭典へと発展したことであった。
 こうしてこの計画に関する全てのことが思わぬ方向へ、誰にも止められぬ巨石のように転がって行ったのだが、馬鹿をやるという方針だけが変わらず、それどころか一層馬鹿らしさを増して行ったため、かえって当初の目的を達成するにはいいのかもしれないとBは思った。
 Bの心配といえば、このように計画が大規模になってはAへ露見しその興を削ぎやしないかということであったが、Aが学校に顔をほとんど出さなくなっていたことが幸いし、Aには計画が露見しないまま事は運び、暫くの準備期間の後にクリスマスイブに合わせて、ツリーが銀杏並木の外れに立てられた。Bは事前に用事があるからキャンパスに来てくれとAを呼び、最寄りの駅で待ち合わせた。
「実は俺もこのところ、キャンパスに来ていないんだ。最後の一葉はもう散っただろうか?」
「冗談はよせよ。ほら、この駅から見える限りもう皆散ってしまっている。」
「奥の方を見てみよう。そこも枯れていたら、君には残念なことになるな。」
 Aは力なく笑って、歩み始めた。すると、奥の方にちょっとした人だかりができているのに驚いた。近くに連れて、それがなんだか変てこなクリスマスツリーを囲んだものだと気がついた。人だかりは、男女ほとんど同じくらいいて楽しそうにざわめいた様子であった。
「見ろ、常緑のモミの木だ。あれは葉を散らすこともない。君の青春は保障されたのだ!」
 このようにBがやや芝居かかった調子でAをからかってみせた時、Bはツリーの近くに見たことのない美女がいるのを認めるやいなや、そちらへ向かって行った。一人残され、まだ何が起きているのかが分からないAが、この華やかな雰囲気が合わないと思ってどこかへ行こうとしたその時、彼の肩を叩き、話しかけた女性があった。

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