『ニジュウアゴ』室市雅則【「20」にまつわる物語】
ツイート 二十アゴなのです。 言い間違え、書き間違えではありません。 蛇腹というか、アコーディオンの鍵盤でない部分みたいに彼のアゴは二十に重なり合っているのです。 それに気が付いたのは、つい先ほど。 自身の姿格 […]
『夜光虫のいる海』緋川小夏(『姥捨て山』)
ツイート 母を背負って海まで続く長い坂を下る。 母は何も言わずに、ただ黙って背負われている。私は前を向いているので、母がどんな表情で背負われているのかわからない。 波の音が潮を含んだ湿った風に乗って耳の穴に忍び込む […]
『明暗絵巻』和織(『闇の絵巻』)
ツイート どうしてそれをしてしまうのかと訊ねられたことに理由がないときは、恋をしているのと同じだと答えるしかない。それをしなくてはならない、或いはしなくてはならないと思い込んでいる、ただそれだけだ。どうしたって孤独であ […]
『鬼の目にも涙』本多真(『桃太郎』)
ツイート むかしむかし、あるところに、鬼が島という島があって、そこには恐い鬼がたくさんおりました。 鬼は恐くて強いのです。中でも一番強く、一番偉い鬼がおりました。 その鬼の名は『大鬼』。 最も大きくて恐くて強いと […]
『横腹がビリリ』義若ユウスケ(『桃太郎』)
ツイート スーパーマーケットで買った桃を切った。 これは、八月一日の夕方のことだ。 べつに日付なんて、どうだっていいのだけど。 ミーンミーンって、外ではセミが鳴いていた。 ぼくは包丁を片手に家のなか、暑苦しいキッチンに汗 […]
『ゆみこと柱神さま』はやくもよいち(『天道さん金の鎖』)
ツイート 七歳になったばかりのゆみこは、夏休みにママと二人で、岩手県のおじいちゃんとおばあちゃんの家にお泊まりに来ていました。 十日ほどたったある夜、ママのおなかが急に痛くなって、おじいちゃんが車で病院へ連れて行くことに […]
『バー「オスキナ」』西橋京佑(『シンデレラ』)
ツイート 横断歩道の真ん中で、足を止めて上を向く。慣れない”東京”。道路のチリが舞い上がり、空は曇って見えた。 斜め後ろを歩いていたやつは、スマホを見ていたこともあってか、大げさに肩をぶつけて […]
『ながやつこそ』戸上右亮(『粗忽長屋』)
ツイート 「ぜんぜん仕事が終わらないよ~(涙)神さま、どうして私はホテルに缶詰め状態になってまでお仕事しなくちゃいけないの? せめてもの慰めに取ったシャンパンは甘すぎるし…どこまでも不幸がお似合いの私(白目)」 そんな […]
『恋捨て山』中杉誠志(『姥捨て山』)
ツイート 神経科学の専門家によると、恋とは精神疾患の一種といえるのだそうだ。ある強迫神経症患者と、恋の初期段階にある健康な人間の脳内を調べてみたところ、どちらもセロトニンという神経伝達物質の過剰分泌が起こっていたという […]
『シベリア樹譚』中杉誠志(『耳なし芳一』『月夜のでんしんばしら』)
ツイート 月影に照らされた針葉樹の森が、青白く光っていた。 監視のソ連兵が、 「ダワイ!」 と急かす。早くせよ、というような意味である。 枯れ枝のようにやせ細った捕虜たちは、その声に従って疲れた足を収容所に向けた […]
『シンデレラ ドリーム』花島裕(『シンデレラ』)
ツイート ああ、指先が痛い。 今夜も赤くなって軽く腫れた指にキッチンから持ってきた食用油を塗りつける。掃除と洗濯、料理に小間使い、そして屋根裏部屋の寒さがシンデレラの体を着実に痛めつけていた。 こんな生活嫌だ。 […]
『こびとの片想い』夢叶(『白雪姫』)
ツイート ある日、僕が仲間と帰ってきたとき、家には彼女がいた。 肌が雪のように白く、艶やかな長い黒髪。女の子を見たのは初めてだった。 驚きや恐怖より、純粋にきれいだと心から感じた。 不法侵入しているのにもかかわら […]
『信じた僕がバカだった』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】
ツイート 20世紀の末のころ… 僕が20歳になることはない。僕が20歳になるのは1999年の8月だ。1999年の7月に世界が終わると昔の予言者が予言した。何でもこの予言者の予言はとても良く当たるらしい。だから僕は信じ […]
『キリコの審判 凶はラッキー』山田密【「20」にまつわる物語】
ツイート 小学生の娘と息子を夫に預け、子供を産んで以来初めて一人車上の人となった。高校時代の部活仲間四人と地元である横浜で会う為深夜バスに乗り込んだのだ。深い夜の中をバスは高速道路を乗り継ぎ横浜を目指して走っていた。 […]
『キャンドル20』もりまりこ【「20」にまつわる物語】
ツイート 鬱蒼とした森の闇のまんなかに、まあるく光が射している写真を見ていた。 そのひかりのなかの輪郭のなかへと歩いてゆこうとしている、ちいさな妹と兄の背中。 いちど見た時から、いまからそっちにゆくよっていう感じの […]
『ようこそ! 二十番街へ』間詰ちひろ【「20」にまつわる物語】
ツイート 「もう、ほんとつらい。死にたい。死んでしまいたい……」 居酒屋のテーブルに突っ伏して、キクコは今にも泣き出さんばかりの声をあげた。 「キクコさぁ……。もう飲み過ぎだよ。男なんてさ、他にいくらでもいるんだから」 […]
『わがままな人体』紫水晶【「20」にまつわる物語】
ツイート 「反射ってあるじゃん?」 「反射?」 健人は鳥の唐揚げを頬張りながら、目の前に座る梓の大きな瞳を上目遣いに覗き込んだ。 「そう。反射。今日ね、私、すっごい反射神経だったんだよ」 「へえ」 興味なさそうに頷き […]
『オールドマン オブ マリッジブルー』伊佐助【「20」にまつわる物語】
ツイート 殺そう。 殺すなら今日しかない。 誠司はそう言った。誰に向かってそう言ったのか。誠司の頭の中に潜む、もう一人の誠司が己に向かって言ったのだ。 二十人の老若男女が集まる小さな会場の中で誠司は一人、煮えたぎ […]
『あの家、この髪』大澤匡平【「20」にまつわる物語】
ツイート 駅から家まで。そこには人間1人が通るのでやっとな20メートルの近道がある。 踏まれた雑草と踏まれゆく雑草の中、疎らに禿げた猫が驚かした人間に驚き、未来ある雑草に消えていく。 等間隔で漏れる電車の光だけが私を照ら […]
『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】
ツイート 世の中には信じがたい不思議な体験談がごまんとある。 夢で見たことが現実に起こった、時間が巻き戻された、死んだはずの人が現れた、この他にも数え切れないほど存在している。 俺はそんな話には懐疑的な見方をしてい […]
『箱庭のエデン』沢口凛(『浦島太郎』)
ツイート 連日の厳しい取り調べで、宇田島の精神はすでに崩壊寸前だった。自分の身に起きた出来事を頭の中で整理しても、何が現実で何が幻だったのか、もはや判然としない。しかし留置場の中では、硬いベッドに寝そべって、ここまでの […]
『The birth of the red empress』田中二三-(『赤ずきん』)
ツイート 『オオカミが死んだ』という話はまたたくまに近隣の村々に知れ渡った。 オオカミは乱暴者で、誰に対しても横柄且つ横暴、狡猾で残忍だという事は、この辺りでは有名な話であり、誰もが彼がいなくなればいいと思っていた。 […]
『海をつくろう競争』井口可奈(『蜘蛛となめくじと狸』)
ツイート 海をつくろう競争にエントリーしたのは僕自身ではない。姉だった。姉は、勝手に人の履歴書を書き、バストアップと全身のおさまっている写真を盗撮し、海を愛する気持ちをアピールする文を千二百字に仕立てた。 応募した覚 […]
『風の旅人』せん(『北風と太陽』)
ツイート こんな所にこんな店あったっけ? 繁華街の一本奥―ネオンの灯りも人通りも少ないその細い道に、ぼんやりと黄色く輝く『SNACK 北風と太陽』と書かれた看板。その前で男は突っ立っていた。右隣の小さな書店はシャッタ […]
『プラモ捨て山』中杉誠志(『姥捨て山』)
ツイート 他人の趣味には寛容なつもりだった。ダンナの趣味がプラモデル作りだということは結婚前から知っていたし、デートでホビーショップに連れて行かれたこともある。私自身はプラモになんてみじんも興味はないが、彼に恋をしてい […]
『異虫恋愛譚』中杉誠志(『アリとキリギリス』)
ツイート 私はアリ。働きアリ。仕事で疲れて家に帰ると、同棲している彼氏のキリギリスが、ギターをかき鳴らして自作の歌を歌っている。 「キリちゃん、もう夜だよ。近所迷惑になるからやめなよ」 「あ、アリちゃんお帰り」 キリ […]
『卑怯者メロス』中杉誠志(『走れメロス』)
ツイート メロスはあきらめた。 濁流の川を泳ぎ切り、野盗どもを薙ぎ倒し、またしばらく走ったところで、ついにひざをついた。 そうして、一度ひざをつくと、途端に体の重みが倍以上に増したかのように感じられ、やがて上から押 […]
『脇差し半兵衛』中杉誠志(『たがや』)
ツイート 人を斬るのに、刃渡りは二尺もいらない。脇差しで十分だ。もっといえば、鉈でいい。それを知らないバカは、御大層に大小二本の刀を腰に差して、しかも得意顔だから笑わせる。 そもそも天下泰平のこの時代に、重い刀を差し […]
『王子がステキと限らない』檀上翔(『シンデレラ』)
四人、残った、ガラスの靴に足が合う女が。そりゃあ、国の若い女を片っ端から集めたら、同じような足の形の女はいくらかいるだろう。やる前から分かり切っていたことだ。けれど、四人に絞られても、自分が求婚する女の顔も覚えていない […]
『UBASUTE』あきのななぐさ(『うばすてやま』)
ツイート こんなことになるのなら、枝など折らねばよかった……。 息子に背負われての帰り道、折れた枝を見るたびにそう思う。 後悔を何度繰り返しても、折れた枝は戻らない。 しかし、息子は戻っていく。 わしをその背に乗せて…… […]