小説

『信じた僕がバカだった』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 20世紀の末のころ…

 僕が20歳になることはない。僕が20歳になるのは1999年の8月だ。1999年の7月に世界が終わると昔の予言者が予言した。何でもこの予言者の予言はとても良く当たるらしい。だから僕は信じた。21世紀は来ない。20世紀ですべて終わるんだ。
 小学生のときにそれを意識してから、何も真剣にはヤル気が起こらなかった。だってどうせ20歳にはなれないんだから。この世界は20世紀で終わるんだから、と。

「拓也、いっぱい勉強して良い大学卒業して良い会社はいって、お父さんみたいに立派になるのよ」
 小学生の僕にお母さんが言う。お父さんは大きな会社で課長をしていて、もうすぐ部長になるって言っている。家はわりと裕福なほうだ。僕には良く分からないけれど、日本はとても景気が良いらしい。それは分からないけれども、なんだか世間がギラギラしているのは分かる。それがとても嫌だ。どうも気色が悪い。だけどそれも1999年の7月までなんだ。
 20歳になれないんだから、僕が大学を卒業することはない。だから良い大学も良い会社も僕にとってはどうでも良い。だけど、
「うん、わかった」と、お母さんに返事する。反抗する気にもなれないから。それでほどほどに勉強をして良い子でいる。怒られるのも面倒だから。
「お父さんさ、拓也が20歳になって成人式を迎えるのが今から楽しみだよ。いったいどんな大人になるんだろうな」
 お酒を飲みながらお父さんが言う。僕には良くわからないけれど、飲んでいるのは、ひとから頂いた高級なブランデーらしい。お父さんはブランデーのはいったグラスをゆっくりまわし、これは20年ものだったな、とつぶやいた。僕はお父さんを上機嫌に酔わすブランデーみたいに、残念ながら20年生きられない。成人式は迎えられない。お父さんごめんなさい、その前に何もかも終わっちゃうんです。20世紀で終わっちゃうんです。もちろんお父さんだって…
 やがて昭和が終わり平成となった。
 僕が小学校の高学年になったころ、バブルがはじけたって大人達が騒いでいた。泡がはじけて何をそんなに騒ぐのか、僕にはまったく理解できなかった。そんなことより世界がはじけて消えるまであと10年もないんだ、世界がなくなることを思えば、たいていのことはどうでも良いのにね。
「うちの会社はまあとりあえず大丈夫だけど、今までみたいにそう贅沢はできなくなりそうだよ」って、お父さんが言った。
「そうねえ、仕方ないわね」って、お母さんは応えた。それから僕を見て言う。
「今まで以上に拓也には勉強頑張ってもらわないと将来が心配だわ」

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