海をつくろう競争にエントリーしたのは僕自身ではない。姉だった。姉は、勝手に人の履歴書を書き、バストアップと全身のおさまっている写真を盗撮し、海を愛する気持ちをアピールする文を千二百字に仕立てた。
応募した覚えのない競争の、予選通過を知らせる便りがきて驚いた。なにこれ、と姉に聞いた。だいたいこういうことをするのは姉だ。よかったね、と姉は言った。そうか、いいことなのか、と僕は思った。
いいことなわけがない。内陸育ちの僕たちは海を見たことがない。海を愛する気持ちなんてよくすらすら書けたものだ。姉も僕も海のことをなにも知らない。海ってこんな感じだろうと、海、という字面から想像を膨らませたらしい。
それはすばらしい才能だ。すばらしいけれど僕の才能ではない。
なぜ僕が参加しなくてはならないのか、と姉に聞くと、姉が勝手に応募しましたってかっこよくない? とにやにやしていた。勝手だ。ほんとうに勝手だ。
こうして僕は選手になった。
本戦が行われるという会場へは中谷さんの家の前からバスが出るという。中谷さんの家の前には数人の男性が所在なさげに立っていた。僕もそこに加わった。バスはすぐ来た。十人ちょっとが定員の小さなバスだった。みなが乗り込むと、最後に中谷さんちの息子である中谷くんが駆け込んできて、選手の人数を数えた。運転手に報告すると、中谷くんは僕の隣に座った。
「選手なの?」
僕は聞いた。
「うん」
中谷くんはうなずいた。
「どうして出るの」
「姉ちゃんが応募した」
そういうものなのだ、と僕は思った。
バスが走り出してしばらくすると、中谷くんの前の席の男の子が、真っ青な顔で中谷くんに話しかけてきた。
「すいません、袋ないですか」
「あるよ」
中谷くんは紙袋を男の子に渡した。
「防水加工だからだいじょうぶ」
と中谷くんは続けて伝える。男の子はありがとうございますを言おうとして、頬を急激に膨らませ、袋に顔を突っ込み、盛大に嘔吐した。