小説

『海をつくろう競争』井口可奈(『蜘蛛となめくじと狸』)

 草原の真ん中でバスは止まった。選手がみな降りるとバスは行ってしまった。
 中谷くんに、このあとどうするの、と聞くが、首をかしげるばかりだった。選手をバスに乗せて人数確認するところまでが彼の役割で、それ以上のことは聞かされていないと困惑した様子だった。
「手分けして、主催者を探しましょう」
 中谷くんはみなに呼びかけた。戸惑いながらも全員が賛同の意思を見せた。
 しばらく探して見つからなかったら、ここに戻ってくることとしましょう、と中谷くんは言って、地面に靴で大きなバツ印をつけた。それぞれがバツ印を納得がいくまでじっと眺めたのち、散り散りになって歩きはじめた。草原の周りは木々が茂る森であった。
 一通り散策してバツ印のところに帰ると、ほとんど同時に他のみなもやってきた。
 中谷くんが人数を数えた。ひとり足りなかった。嘔吐していた男の子が戻ってきていないようだった。
「彼を探そう」
 中谷くんは言った。ほんとうに頼りになるやつだなと思った。全員がまた散って、男の子を探しはじめた。男の子の名前がわからないので、おーい、とか、どこだー、と呼びかけながら歩いた。主催者を探すときにもこういう声を出せばよかったなと途中で気がついた。
 探しはじめて数分で、だれかきてくれ、と声をあげた者がいた。向かってみると、大きな水たまりがあった。それほど深くはないが、直径が二メートルほどあるようだった。
 水たまりの上には、中谷くんの渡した紙袋が浮かんでいた。吐瀉物がこぼれ出して水たまりをわずかに汚している。
「これって」
 僕は中谷くんの方を向いた。中谷くんは神妙な顔つきでうなずいた。
「この辺りにいるかもしれない、探そう」
 中谷くんは言った。集まっていた何人かはまたそれぞれ、おーい、とか、どこだー、と言いながら歩きはじめた。男の子はなかなか見つからなかった。
 僕たちは捜索の距離を伸ばすことにした。
 全員が完全にばらばらになるのは得策ではないと中谷くんは言った。しかし二人一組で探すのは非効率的だ。一人ずつ行動するが、必ず誰かの、おーい、や、どこだー、が聞こえてくるような位置にいること、というふうに取り決めがなされた。
 誰も時計を持っていなかったので、時間がわからなかった。日はまだ高かった。夏のはじめの暑さに喉が渇きはじめていた。いつバツ印のところに再集合すればいいだろうか、と考えていると水たまりを見つけた。直径三メートルはあろう水たまりだ。澄んだ水をしていた。抵抗はあったが、喉の渇きに耐えかねた僕は、みずたまりの水を手ですくい、飲んだ。そして吹き出した。塩辛い。淡水ではなく塩水のようだった。

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