小説

『太閤虎と犬』なるみ(『大阪城の中のとら』(大阪))

 今から400年前。大阪城の門を入ったところに、生きている大きなトラが一匹、檻に入れられて飼われていたそう。
 その頃、お城には、豊臣秀吉公がおられました。このトラは朝鮮出兵した武将の加藤清正が生け捕って、秀吉公に献上したものだそうで。
 日本一の強さの象徴として、秀吉は、トラを大変大事にしていて、『町の者たちから、毎日、犬を一匹ずつ出させてトラに食わせよ』という、おふれを出しました。
 これを受けた役人たちは、町へ出て行って、「犬を出せ! 犬を出せ! お前たちは、犬をトラ様に出せ!」と言い回りました。
 役人の言うことを聞かないと、酷い目に合ってしまう。犬を飼っている民たちは困りましたが、言いつけに従わなければ罪になるので、仕方なしにかわいい犬を、トラの餌に差し出しました。

 大阪の天満で、金物屋を営む徳八という男がいました。
 彼は一匹の犬を飼っております。
 犬の名は「りき」。大変利口な上に、体も大きくて犬同士の喧嘩には負けたことのない、町で評判の犬であった。

 ある夜。金物屋の扉を、ドンドンドンドン、と激しく叩く音。
 眠っていた徳八は、目をこすりながら布団から抜け出す。
 「こんな夜中に誰やねんな。はいはい、今開けますから」
 ギギギと木製の扉を開けると、鋭い目つきで仁王立ちをしている役人。
 「お前が金物屋の徳八か?」
 「お、お侍さん!?」
 「金物屋の徳八か、と聞いておるのじゃ」
 「へ、へえ。徳八ですが」
 「そなたは『りき』という犬を飼うておるらしいな」
 「い、いや……」
 「知らばくれても無駄じゃ。この家に犬がおることはわかっておる」
 すると、りきが奥から飛び出してきて、役人に向かって、ワンワン、と吠えた。

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