小説

『太閤虎と犬』なるみ(『大阪城の中のとら』(大阪))

 「りき……」
 「徳八さんと過ごした、この五年。ほんまに楽しかったです。感謝してます。徳八さんにこのご恩を返せるなら、アッシの命をトラにやるくらい本望ですわ。はむかわず、黙って虎に食べられます。やから……。明日、大  阪城に連れて行ってください」
 「……ありがとう。ありがとうな。俺はな、親父の顔も、おふくろの顔も知らへん、両親に捨てられた天涯孤独の人間や。五年前のあの日にな、捨てられたお前を見て、自分と重なってしもたんや。あれから五年かぁ。時の経つのは早いもんや。ずっと一緒におったなぁ。ほんまに楽しかった……。りき、お前はな、俺の唯一の家族や」
 「家族……」
 「やから、お前を。お前をトラの餌に差し出すっちゅう事はでけへんな」
 「何でです?」
 「何度も言わすな。お前は俺の家族や。家族をみすみす、トラの餌として差し出すわけにはいかん!」
 「徳八さん……」
 「仮にな、明日、お前がトラの餌になって食べられたとしてもな。また役人達は、次の獲物を探す。ほんで、また誰かが俺らと同じように哀しむだけや」
 「なら、どうしたら?」
 「りき、俺は腹を括ったで。」
 「え?」
 「闘え」
 「闘う?」
 「せや。りき、お前はこの町でも評判の強い犬や。今まで喧嘩で負けた事なんてないやろ。トラと闘うんや。日本一の秀吉のトラをいてまえ」
 「あかん。そんなんしたら、徳八さんに迷惑かかる! 徳八さんも、役人に殺されますよ!」
 「言うたやろ? 俺は腹を括ったて。覚悟決めたんや! 俺は、お前がおらへん人生なんて考えられへん。一緒に闘う。死ぬ時は一緒や」
 「徳八さん……。……わかった。わかったで! そこまで言うてくれるんやったらやる! どうせ黙って食われるくらいやったら、いっそのことやったるわ! 犬死はまっぴら御免やで! やったるで、徳八さん!」

 りきは、二足歩行の軽快なフットワークで、ファイティングポーズをとった。

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