小説

『夢日記』海洋単細胞(『夢十夜』)

 暗い座敷のような場所に通された。
 この部屋に案内されたのはつい先程だと言うのに、もうすでにどうやってここまで来たのか、案内人はどんな様相だったか、いや男女どちらだったのかさえ思い出せなくなっていた。
音もなく、不気味なほどしんとした座敷の端のほうでどきどきと背中に汗をかきながら立ちすくんでいた。
 格子窓から外を見やるとどうやら夕刻らしかった。空は燃え盛るようなえんじ色をしていて日は暮れ泥み未だ西の端を漂っているのに、部屋にはほとんど光が差し込まず暗い紫の陰に覆われていた。

 しばらくひとりでじっとしていると、私が入ってきた襖から鬼の面を着けた女がやってきた。いちど頭を下げたあと、耳をするすると通り抜けるような、低く静かな声で
「もうすぐ夕餉をお持ちして参ります。それまでどうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ。」
と、女はそれだけを言い残して、どこかへ向かったようであった。しゅーっと音を立てて襖を閉めたきり、足音も衣擦れの音も聞こえないのが嫌に恐ろしく、すこしも動くことができなかった。

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