小説

『夢日記』海洋単細胞(『夢十夜』)

どれくらい経ったのか、15分程度のような気もするし何時間も待った気もする。ただ、その間ずっと立ったままでいても、足が痺れもしないのが不思議だったが、私はそのときどうしてかそんな考えには至らなかった。ただここがどこなのか、これからどうなるのかという不安と緊張だけが私を取り巻いていた。格子窓から、あかくもえるような火が揺れる空を眺めていると、なぜかじっとりと汗が噴き出てくるのであった。
もういっそ逃げてしまおうか、この部屋から出てみようか、そんな思いが胸を過ったころ、また同じ襖から鬼面の女が入ってきた。手に持っているのは、先の言葉通り夕餉のようである。
「どうぞお召し上がりくださいませ」
先程と同じ声で女が言った。
台に置かれた盆の上には、玄米がゆ、漬物、塩、汁ものが乗っており、質素であった。なんだか古くさいきがする。ここに来るまでに食べていた食事も、こんなものだっただろうか。部屋に入るまでのことはぼんやりとしていて、自分の名前すら思い出せそうになかった。
すると急に、今まで感じたことのない喉の渇きと空腹に襲われた。まるで全身がこの夕餉を食べるように圧迫しているようだった。ごくんと喉がなった。女がすこしみじろいだような気配がする。
しかし、一方で、どうしてもそれを食べてはいけないという気がした。これを食べてしまえば、もう二度と帰ることのできないように思われた。どうしてなのかはわからない。ただはっきりと、これを食べてはいけないということだけが頭のなかにあった。
口に唾を溜め込みながらじっと空腹に堪えていると、女が口を開いた。女は最初に来たときとは違い、すぐに帰らなかった。
「お召し上がりくださいませ」
 静かな声はまるで私をその気にさせるための薬であるかのように耳に染み入った。この鬼面の女は、私がこの夕餉を食うまでこの座敷から出ていかないつもりなのだ。
 私は恐ろしかった。食べてしまえば取り返しがつかないが、この女の言うことを退けたらもっと酷いことが起きる気がした。

ゆっくりとした動作で、私は箸を手に取った。

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