「やっぱり、犬がおるではないか!」
「お侍さん! どうか、どうか、りきだけは勘弁してやってください! 天涯孤独の俺には、家族もおらん。唯一の家族は、りきだけなんです。どうか、ご勘弁を!」
「これは太閤さまの命令なのじゃ。諦めて堪忍せえ。明朝にまた迎えにくる。その犬を連れて大阪城へワシと共に参るぞ! わかったな!」
徳八は、額を床にこすりつけて懇願する。
「どうか勘弁してください……」
頭を上げた時には、すでに役人の姿はなかった。
「あぁ、大変な事になってもうた……。どうしよ、どうしよ……」
「ワンワン!」
動揺する徳八に、りきが励ますように吠える。
「り、りき……。どうしよ……。ついにウチにも命令がきてもうた。もう、あかん……。どうしよ……」
頭を抱える徳八だったが、ふ、と妙案が浮かんだ
「あ! せや! 逃げよ。そうしたらええんや。りきのおらん人生なんて考えられへん! 夜のうちに、りきと一緒に逃げたらええ! よっしゃ、そうと決まったら急いで準備や。りき、こっち来い!」
「ワンワン!」
箪笥から、手ぬぐいを取り出した徳八は、それでりきを包もうとする。
「この手ぬぐいでな、見つからんようにお前を包む。きつめに縛るから辛抱せえよ。ここを強く結んでと」
「ワン!」
「あ、すまん! 痛かったか? そしたらこっちを緩めて、こっちを結んで、と」
「ワンワン!」
「今度はこっちが突っ張ってるな」
「ワンワン。イタイ、イタイ!」
「すまん!」
「ワンワン! もっと右! 右右右!」
「もっと右? こっち?」
「逆、逆! ちゃうねん、ちゃうねん。そっちから見て右やねん。こっちから見たら左。左左!」
「あ、逆ね。こっちをこうして、と」
「そうそう。これで痛ないわぁ。ちょうど、体が隠れてええ感じや」
「せやな。ええ感じやな……、
……って、りき、喋ってるぅぅぅ!」
日本語を喋るりきを見て、徳八は腰を抜かした。