・会社・
ピコン。
静かに身を潜めた化石のような携帯が、一件のメールを受信した。
私は仕事の手を止め、おもむろに携帯の画面に見た。
「あ!」
思わず声が出た。スクリーンには予想もしなかった名前が映し出されている。
娘からだ。
まだ内容も確認していないのに心が踊る。
高校生の娘は絶賛反抗期中だ。
父親の私は、一種のセオリー通り、娘とのコミュニケーションに悩まされていた。
最近は、ほぼ携帯を見ている娘しか見ていない。
無視は日常茶飯事。携帯にかじりつき、会話もろくにしようとしない。
娘に言われたのか、妻は私と娘の洗濯物を別で洗い、私が先に風呂に入ったと知れば娘はシャワーのみで上がってくる。
私はいつから娘にとって、雑菌と化してしまったのだろう。
ちょっと前まで一緒にお風呂に入ったのに。まるであれは幻だったかのように語る私を、妻は「今はそういう時期だから。」となだめる毎日が続いている。
そんな娘からのメールは、嬉しさ反面、何かあったのではと不安にさせた。
私は嬉しさを飲み込み、慌てて娘からのメールを開いた。
(いい波のってんね!てか、かみってる。昨日は特にあげみざわ。帰りタピってく?テンアゲー!)
私は二度、三度、繰り返し読んだ。
しかし、残念ながら全く意味が理解出来なかった。
近頃、口を聞いてくれないと思ったら、娘は言葉がまるで通じない異国の娘になっていたのだ。
<いい波のってんね!>
私はこう見えて、元ボーイスカウト所属の山育ち。自慢ではないが、『金づちタカちゃん』でここまで生きてきた。波乗りなどこれっぽっちも縁がないのだ。私はこの謎の文章を前に、うっすらと血の気が引くのを感じた。娘は一体誰の事を話しているんだ…。
「おや?どうしましたか?高山さん。」
背後から声がした。同僚の林さんがひょろりと立っている。
いつも青白い顔をしているが、本人は至って健康と言い張っている。そんな林さんも、同じく高校生の息子のがいる父親だ。メールの解読を助けてくれるかもしれない。私は彼に、そんな期待を寄せてしまった。
「林さん、娘からのメールなんですけどね…。」