小説

『パパパパパ』藤井あやめ(『ちはやふる』)

「お!いいですねぇ~。娘さんとメールのやり取りなんて!羨ましいなぁ。うちの息子なんて、口を開けば小遣いの話ばっかりですから。」
「それがですね…。意味不明でして…。」
「意味不明?よくあることですよ。アイドルのCD買うのに金がいるって、3万ですよ?3万貸せって言うんですよ?全く意味不明ですよ。」
「いえいえ!そうではなくて…。本当に意味がわからないんです。」
私は首をかしげる林さんに例の文章を見せた。

(いい波のってんね!てか、かみってる。昨日は特にあげみざわ。帰りタピってく?テンアゲー!)

林さんの眉間にこんもりとシワが寄る。彼も何度もメール読み返している事が、瞳孔の動きではっきり分かった。そしてゆっくり絶望の表情を私に見せた。
「高山さん…こ、これは…。」
「…はい。…娘が何を言っているのか分からないんです。」
林さんに哀れな目で見つめられながら、私はもう一度文章を読み返した。

 
・自宅・

 
ピコン。

無機質なメール音で目が覚めた。
8:45
最悪だ。寝坊した。
私は乾いた唇を舐めて、大きな溜め息を一つする。
無意識に携帯を手に取りメールボックスを開く。クラスメイトの菜々子だ。
メッセージの下に、私の好きなタレントの画像が添付されていた。最悪の朝だけど帳消しになるくらい癒される。同世代なのに、周りにはあんな男の子はいない。昨日のドラマもカッコ良すぎた。やっぱり親友、分かってるなぁ。
昨日はお風呂でパックしながら動画見るハズだったのに、お父さんが早く帰ってきたせいで、一番風呂を逃してしまった。絶対お父さんの後になんか入りたくない。案の定、シャワーだけじゃ寒かった。だから寝過ごしたんだと思う。
お母さんはお父さんに甘い。洗濯物だって言わなきゃ分けて洗ってくれないし、しつこく学校の話を聞いてくるのもウザすぎる。「お父さんにも少しかまってあげてよ。」なんて言うけど、私は絶対嫌だ。
生乾きで眠ったせいか、髪がやけに絡んでいる。
少し禿げてきた頭も、くたびれたスーツも、お父さんが使った後のトイレも、玄関にあるドデカイ革靴も、私はお父さんに関わる全てが、嫌で嫌で仕方がない。
全部、お父さんのせいだ。
でも、そんな自分も、本当は嫌で嫌で仕方がない。

今からどんなに急いでも、一時限目には間に合わないだろう。

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