小説

『パパパパパ』藤井あやめ(『ちはやふる』)

林さんも期待に胸を踊らせた。私は謎のメールが解読される喜び半面、娘と遊園地やショッピングに出掛ける安藤さんが非常に羨ましくもあった。

「これ、娘からのメールなんですが…。」
私は例のメッセージを安藤さんに見せた。安藤さんは眼鏡を掛けると、携帯を顔の前で遠ざけたり近づけたりと、手動でピント調節をした。

(いい波のってんね!てか、かみってる。昨日は特にあげみざわ。帰りタピってく?テンアゲー!)

安藤さん表情は、蝋人形のように固まった。
私と林さんはゴクリと息を飲む。
しばらくして、呪縛が解けたかのようにムクリと安藤さんが動いた。
「…どんな感じでしょうか?」
落ち着かない林さんが、私に代わって尋ねた。
「…高山さん。残念ながら、これはお嬢さんのボーイフレンドについてですね。」
安藤さんは私に、余命を宣告する医者のような面持ちでそう告げた。
やはりそうだったか…。実のところ、私も怪しいと思っていた。
安藤さんは続けてメールの解読を話始めた。

「<いい波のってんね!>…これは、彼氏が波乗り。つまり、サーフィンをする男。サーファーと呼ばれる男に間違いありません。」
安藤さんの言葉は、私に衝撃を与えた。
波乗り?サーファー?この海のない地域で一体どこのどいつなんだ。
日焼けしたチャラチャラした男か?ロン毛か?海は嫌いだ。山がいい。
だから私は娘が中学の時、しきりにワンダーフォーゲル部を勧めたのだ。
安藤さんは続ける。
「<てか、かみってる。>っとありますが。…これは彼の容姿の事です。<てか>これは頭がテカテカ。髪ってる…。髪、逝ってる。つまり、髪の毛がない。テカテカ頭ということです。」

私は色んな意味でショックだった。
毛のないサーファー?それは自発的か?天然なのか?
髪の毛に対して、テカテカというオノマトペは、私自身の不安をも掻き立てる。

「そして高山さん…。これが彼氏の名前です。」
安藤さんは、留目とばかりに携帯のメッセージを指差した。
「あげみざわ!!」
私は漫画のようにその場に崩れてしまった。足腰には自信はあったのに、お恥ずかしい限りだ。
「あれ?でも安藤さん。<昨日は特に>ってありますけど、この意味は?」
林さんが携帯を覗き込みながら言った。
確かにそうだ、文脈がおかしい。林さん、よく言ってくれた!
私はゆっくり立ち上がると姿勢を正した。
安藤さんはさらに続ける。
「<昨日は特にあげみざわ。>これは、昨日は特にあげみざわ君。つまり、あげみざわ君らしいテカリ具合だったと言うことではないでしょうか…。」
「なるほど…。」
納得する林さんを横に、私はクラクラと酷い目眩がする。
娘の彼氏は、あげみざわというテカリ頭のサーファーと言うことなのか?
安藤さんの解読はさらに続く。

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