小説

『パパパパパ』藤井あやめ(『ちはやふる』)

私は半ば諦め、閉じた携帯を再び開き、まどろみの中で菜々子にメールを打った。

(いい波のってんね!てか、かみってる。昨日は特にあげみざわ。帰りタピってく?テンアゲー!)

私はドラマの感想を菜々子と語り合いたかった。帰りにタピオカミルクティー飲みながらはどうだろう?うん、誘ってみよう。考えただけでテンションも上がってきた。
眠たい目を擦りながら、私はベッドから這い出ると、のろのろと学校へ行く支度を始めた。


いい波のってんね!(調子いいね!)
てか、かみってる。(神がかってる。)
昨日は特にあげみざわ。(昨日は特にヤバい!)
帰りタピってく?(帰りタピオカ飲みに行く?)
テンアゲー!(テンション上がるー!)

 
・会社・

 
「高山さん!父親として、子供が何言っているのか分からなくなったらお仕舞いですよ。これは早急に解読すべきです!」
林さんは私の肩を掴むと、ゆっさゆっさと揺さぶった。
「は、はい。…そ、そうですね。」
娘のメールが意味不明。確かにお仕舞いかもしれない。これ以上、親子の距離が離れては元に戻らないかもしれない。まだ日本語らしき言葉を喋っているうちに、何とか解読しなければ、本当に理解出来なくなってしまう。
「林さん、私はどうすればいいのでしょう…。」
私の中の不安は大きくなっていくばかりだった。
「…そうだ、安藤さん!この前、高校生の娘さんと遊園地に行ったって話してましたよ。」
「遊園地?娘さんと?それはすごいですね。ぜひ安藤さんに聞いてみましょう!」
どうやら林さんも、性別は違えど高校生の親御さんとして見て見ぬふりは出来ない案件のようだ。林さんはやりかけの仕事を放置して、私と共に安藤さんの元へ向かった。

「安藤さん。すいません、お仕事中に…。」
安藤さんはずんぐりとした体型から、何となく貫禄漂う人柄だった。上の子は大学生、下の子は高校生のお嬢さんがいるお父さんだ。私と林さんより父親として少し先輩だ。
「高山さん、林さん。どうされましたか?」
「あの…。実は…私の娘の事なんですが。安藤さんにご相談がありまして…。」
「高山さんのお嬢さん?嬉しいなぁ。私でよかったら何でも聞いてください。どうされたんですか?」
「実は…恥ずかしながら、高校生の娘が何を言ってるのか分からないんです。」
「ほうほう。よくある事ですよ。何でも聞いてください。私は娘と週末ショッピングに行きますし、テレビドラマも一緒に見ます。学校の友人関係もほぼ把握していますし、今時の高校生がどんなものが好きだとか、最近の流行りとか、結構分かっていると自負しています。何でも聞いてください!」
安藤さんはベルトで絞られた腹を突き出しながら、エッヘンと聞こえてきそうなほど自信に満ち溢れていた。『何でも聞いてください』が口癖と以前から知ってはいたが、この時ばかりは、『何でも聞かせてください!』と言いたいくらいだった。
「さすが安藤さん!頼もしい!」

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