小説

『パパパパパ』藤井あやめ(『ちはやふる』)

「<帰りタピってく?>これは恐らく、お嬢さんの入力ミスでしょう。正確にはタピではなくタビ。濁点と半濁音の入力ミスです。つまり、<帰りタビってく?>タビを履いていくかと聞いているんです。」
「タビ…ですか?」
「タビです。」
「あの、爪先が割れている靴下の?」
「そうです。そのタビです。」
「誰に聞いてるんですか?」
「それは…あげみざわ君にでしょうね。何でも聞いてください。」

私は天を仰いだ。
これは私宛に送ったメールではない。
あげみざわに送ったメールなのだ。
テカリ頭でサーファーで、帰りにタビを履いて帰る男あげみざわ!
とんでもない男に娘は引っ掛かっているというのか。
いつしか悶々とした苛立ちは、もの悲しい気分へと変わっていた。
私は再び崩れそうな膝と必死に戦いながら、安藤さんに最後の質問をした。
「<テンアゲー!>は、どういう意味でしょうか?」
安藤さんはフフフと不敵な笑みを浮かべた。
「高山さん。それは高山さんが一番分かっていることじゃないですか?」
「私が一番…分かっていること…?」
仏のような眼差しで、安藤さんは私を見つめている。
「テンアゲ…。テンアゲ…。テンアゲ…。テンアゲ…。」
隣では林さんがあらゆる糸口を弄るように、ブツブツと呪文の様に繰り返している。
私は記憶を細かく辿りながら、娘の言う<テンアゲー!>の意味を探った。
目をつむり、娘の顔を思い浮かべる。

テンアゲ…。

てんあげ…。

天あげ…。

天ぷら揚げ…!!

私の脳裏に、大きな海老の天ぷらが現れた。
「娘は、天ぷら揚げを欲してるという事ですね!?」
「そうです高山さん!娘さんは彼氏に、『天ぷら揚げを食べたい』と訴えているんです。どうです?高山さんが娘さんに食べさせてあげればいいのですよ、ボーイフレンドより先に!」
私はついに、埋もれた暗号を探り当てた。
「なるほど!今日の夕飯は決まりですね!」
林さんと安藤さんは私の肩に手を置くと、うんうん頷いて気持ちを寄せあった。
「安藤さん、林さん、本当にありがとうございます!」

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