小説

『真行寺美鶴は恩返せない』柘榴木昴(『鶴の恩返し』)

 「きゃあ」
 突き飛ばされてぺたりと尻もちをついたのは、落としたソフトクリームの上でした。
 なんだっていつもこんな目に合うんでしょう。傘を持って出れば雨がやみ、コンビニに忘れたと思えば降り始める。戻れば盗まれていて、買って帰れば駅で小学生が雨宿り。傘を貸すと親が迎えに来て私を不審な目で睨むのです。
 それにしたって今日はひどい。いつも以上に運が悪い。
 暑さを避けるため、ふと立ち寄ったスーパーのお茶屋さんでソフトクリームが恋しくなったので買ったのです。抹茶味なのです。
 私は座れる場所を探しました。エスカレーターの下にゴミ箱とベンチがあり、まるでオアシス、これはじっくり抹茶アイスを堪能できると喜んだのもつかの間。
 私の前にもはつらつとした少年がアイス買っていったのです。その少年はぐるりとあちらこちらを嬉しそうに旋回して見事サラリーマンの背中にぶつかり、べちゃりと抹茶アイスをオシャレなシャツにぶつけてしまったのです。
 サラリーマンさんはゆっくりと振り返ります。
 「つめてえじゃねえか……」
 なぜか私と目が合います。
 「わっわたしじゃ……」
 慌てふためいた私は思わず手を振りアイスを落としてしまいました。一口も食べていないうえに、買ったばかりなのがわかれば濡れ衣も晴れたというのに。
 当事者である少年はすでに走り去っていました。
 「おい、どうしてくれんだよこれ、ああもう、おもいっきりついてんじゃねえか!」
 サラリーマンさんは激高してしまいました、私は詰め寄られ、腕をつかまれます。振り払った手は相手の頬を打ち、瞬間私は突き倒されました。
 ぺちゃりと冷たい感触がスカート越しに伝わってきます。クリーニング、着替え、移動してる間の羞恥が瞬間的に浮かびました。ああ、これはサラリーマンさんもお怒りでしょう。納得です。ささやかな最悪は人によっては脱力や怒りを呼び起こします。私は前者、この方は後者なのでしょう。
「どーすんだよ、こ、れ!」私のことはおかまいなしに詰め寄ります。私にもどうしたらいいのかわかりません。
 お店の人や警備員さんもやってきました。サラリーマンさんはみてくれよと周りを味方にしようとします。
「べつに暴力ふるってるわけじゃねえよ。そっちがシャツ弁償してくれりゃ済む話だよ。五万円な」
「あ、あの私がぶつかったわけでなくて」
「そこに証拠あるじゃねえか」
「これは、その」

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