小説

『真行寺美鶴は恩返せない』柘榴木昴(『鶴の恩返し』)

「何が違うんですか。私には望月君も入院から回復して普通に歩いて、車イスバスケもやって、真剣みを感じます」
 それに、私にはすごく輝いて見えました。とは言えませんけど。
「なんていうのかな。歩けるとか車イスの操作がうまいとかじゃなくて、たぶん暁斗は歩いても車イスでもかっこいいんだ。普通とか障がいとかに左右されない真剣さがあるんだ」
 彼の自分の掌を見つめ、空を見上げるその横顔は凛々しくて優しくて、私が素敵だと思う気持ちにとてもぴったりとはまっていました。
 私は自分がとても不器用なことを知っています。お花とかピアノとかの指先の器用さではなくて、生活したり目の前にあるものをちゃんと見たりすることへの不器用さです。
 痛切に、ほんとうに切れて痛いくらいに今も感じます。
 教室で望月君が足を悪くしたんじゃないかと思ったとき、それを不幸なことと決めつけていました。もっと言えば車イスバスケをする真剣な望月くんをみて、安堵したのです。
 よかった、足が悪くても絶望してないと。
 でも。
 彼はそんな所にはいないみたいです。遠くに感じて当然なんです。当たり前に真剣に生きる人の中に、彼はいるんです。治るとか治らないとか、良いとか悪いとか、そんなところにいないんです。
「望月君は、気付いてないだけです。すごく、すごく真剣に今、お話をしてくれてます。私の前には暁斗さんと変わらないように見えます。決心して真っすぐ挫けない気持ちをもっている顔です」
 いつも不運に振り回されて、右往左往するだけの私とは大違いです。
「そうかな」
「そうです」
「じゃあ、決めるよ。いや、きまってたのかな」
「何を決めるんですか」
「進路。バスケの選手は無理だけど、福祉系の大学に行こうかどうしようか迷ってたんだ。理学療法士とか作業療法士とか。俺、あんまり制度とか政策とか難しいことわかんないからさ。でも勉強しないとなって。暁斗たちの応援もしたいし、もっともっと暁斗みたいな人たちの力になりたい。バスケじゃなくても目の前のできることに真剣になる人たちの仲間でいたい」
 私は。
「真行寺は、決めた? 進路」
 私は、どうしよう。
「私は……私には真剣になれることがありません」
「そう? いつも真面目でまっすぐな感じがするけど」
「不器用なだけです。何もできないから、失敗しないように気を張ってるだけです。それこそ望月君に恩返しもできてません」
「それはいいってば。今だって励ましてくれたし、別に真剣になることだけが重要じゃないだろ」
 でも、足りないと思ってしまう。

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