小説

『真行寺美鶴は恩返せない』柘榴木昴(『鶴の恩返し』)

「そうよ。だってあれは愛をうたう曲だもの。それも、壮大な愛の曲。愛せるだけ愛しなさいっていう曲なの。でも、今日の美鶴さんほど心をのせたことはないかもね」
 心臓と脈拍が言葉を詰まらせました。愛。そんな大げさなもの、私にはなんだかわかりません。ただ、イタズラっぽく笑う先生は優しくて、優しい笑顔はすぐに望月君を想起させました。望月君が私の中で笑うと、私の心臓は大きくポンプする仕組みなのです。うぅ。

 望月君を見かけても話しかけにくくなってしまいました。ひとつは陰でどうやら私が近づいたことを望月君がからかわれていると聞いたからでした。もうひとつは、彼の顔を見ると息が吐けなくなって発語が出来ないのです。もう気配を感じるだけで、後姿を捉えるだけで心臓がはねて背筋がピンと張って足が緊張してしまうのです。
 恩返しはどんどん遠のき、望月君は毎日学校に来るようになったのにすれ違ってばかりになりました。
 すっかり木々も赤く色付き、茜色のコスモスがにぎわう頃でした。文化祭のイベントでバスケットボールの試合を行うことが話題になりました。バスケと言えば望月君。部活は辞めたけどきっと応援には来ることでしょう。またお近づきになれるかもしれません。
 ひさしぶりにうきうきしていると、廊下に試合のポップが張られていました。
 なんと、相手チームは車イスでした。車イスバスケ対バスケ部という異色の対決です。
 私は違和感をもちました。障がい者と一緒にスポーツをするというよりも、健常者と障がい者が勝負する色合いがどうも強いのです。チャリティー目的もあるかもしれませんがどこか見世物的な、好奇の目に晒されないかと不安になりました。
 でも、車イスバスケというものを調べてみて、その不安はすぐに消えました。逆に迫力と勢いに圧倒されました。動画を見ると、車イスは巨大なコマのように回転し、重機のような破壊音をもってぶつかり合っているのです。逆にバスケ部があの猛烈な勢いで激突されたら怪我をするのでは、と心配になりました。
 当日。試合の時間になると体育館は二階まで満員で、到底私なんて入り込む余地はありませんでした。新聞やテレビの取材も来ているらしく、体育館の外にも人だかりができていました。それでもあきらめきれずにうろうろしていると、クラスメイトが動画を中継してくれるとのことだったので、観戦は教室に戻って山田さんのスマホとなりました。
「めずらしいね、美鶴がスポーツ観戦なんて」
「車イスバスケというものを間近で見る機会なんてないものですから、つい」
「望月に頼んでみたら?」
 首をかしげます。なぜバスケを辞めた望月君の名前が出るのでしょう。
「だって、この企画望月提案でしょ。あいつ障がい者の施設で夕方バイトしてんだよ」
「秘密のバイトのことですか」
「まあ今はほとんど秘密じゃないけど。バイト代なんて全然ないらしいし。でも今日の為にバッシュ買ったらしいから結構頑張ったんじゃない? 車イスでバッシュいるのか知らないけど」

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