小説

『真行寺美鶴は恩返せない』柘榴木昴(『鶴の恩返し』)

「ここでは他のお客様のご迷惑になりますので場所を移して頂けますか」
 店員さんに起こされて、溶けて潰れたアイスの残骸を拾いました。警備員さんも、店員さんも、相手の方もみんなが「これかあ……」とつぶやきました。頭の中がしびれてきました。

 私はスカートを握り締めて、何とか泣かないようにこらえました。弁明の余地はきっとあると思いながらも、恥ずかしさと悔しさと恐怖でパニックです。
 そのときでした。
「よくみろよ。ズボンにはバニラがついてる。だからこの子がぶつかったわけじゃないのは本当だろ」
 全員が振り返ると、そこには私と同じくらいの、高校生くらいの男の子が立っていました。どこかで見たことがある顔です。でも男の子はわたしを気にせずイヤホンを外して、サラリーマンさんのズボンを指さします。
 「女の子の落としたアイスは抹茶一色だけど、おじさんのケツには白いバニラクリームもついてる。だからぶつかったのは抹茶とバニラのミックスソフトだ。位置もずいぶん下だしさ。売ってるお茶屋さんで聞いたらわかるよ。話はそれからじゃないのかな」
 その後、店員さんと警備員さんと一緒にお店で確認すると私は抹茶一色のアイスを、その直前に男の子がミックスソフトを買ったことを証言してくださいました。サラリーマンさんは安いシャツを買って、着ている分はお店がクリーニング代を払って一件落着となったのです。
 私はほっと胸をなでおろし、このスーパーにはもう来れないなと首を振りました。
 スーパーどころかこの辺に来れないかもしれません。道行く人が私を見るのです。私のスカートにもべったりと抹茶アイスが付いたままでした。濡れ衣が晴れて逃げるように店を出てしまったのです。カバンと手で隠しても隠しきれません。買ったばかりのお気に入りの白いロングスカートは、みごとにグリーンマーブルな前衛的デザインになっていました。
「おい、真行寺」
 振り返ると、先ほどの男の子がいました。ぐいっと出されたその手には、長袖のTシャツがありました。
「これ、つかえよ。腰に巻けば隠すことくらいできるだろ」
 思わず受け取りました。
「そのままってわけにはいかないだろ」
「でも、申し訳ないです」
「気にすんな。なんていうか、おまえ、いいやつな気がするんだよ。だからいいんだ。うん。色々と気にすんなよ」
 そういうとさっさとイヤホンをはめて行ってしまいました。
「あの、この御恩は一生忘れません!」

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