小説

『真行寺美鶴は恩返せない』柘榴木昴(『鶴の恩返し』)

 よもや人生でこんなセリフを言う日があるなんて。でも実際にこのご恩を忘れることは一生なくなるのです。

 夜、お母さんがTシャツを持ってきて私に言いました。
「美鶴。このシャツ洗濯したけどタグが付いたままだったわ。新品みたいよ」
 となると、買ったばかりのシャツを私に貸してくれたことになります。あの時、さっそうと登場した彼は何も持っていなかったように記憶していました。
 もしかしてお茶屋さんで証言を聞いている間に用意してくれたのでしょうか。
 渡されたTシャツは知らないメーカーでした。広げてみると私には大きくて、彼には丁度いいのかなと思いました。男物のTシャツです。
 男物の服なんて触ったのは初めてです。
 翌日、私は自分の不甲斐なさを心底呪うことになります。なんと同じ学校に昨日の男子がいらっしゃいましたのです。そういえば名前を呼ばれましたから、顔見知りな筈なのです。異性とかかわりの少ない私が男子と知り合うのなんて学校しかありません。
 私は思わず廊下で思い切り頭を下げてお礼を言いました。身体の柔らかさには自信があります。ひざっこぞうにおでこが付くのです。
「先日は本当に、本当に本当にすみませんでした!」
「いいから! 気にすんなって」
 顔をあげると姿は無く、背中はもうはるか遠くにありました。
「ちょっと、美鶴どうしたの」
「山田さん、今の男子生徒はどなたですか」
「誰って、望月でしょ。まあたまにしか学校こないけど。美鶴、誰か分かんないのに何で頭下げてんの」
「実は……」
「もしかして告白されて断ったとか? 望月のくせに学園一の美少女に告白するとかマジであり得ない」
「違います! 昨日男性と問題を起こして汚れた私を助けてくれたんです」
「美鶴……一体何があったの?!」
 誤解を解くのは大変でしたが、望月君の情報を得ることが出来ました。彼は5月くらいにバスケ部で転んでじん帯を切って入院してから、不登校気味になったそうです。とはいえ我が校のバスケ部はたいして強くもなく、県大会に出ても初戦敗退の常連校でした。最近学校に来るようになったものの部活は辞めて友達付き合いもあまりないとのことでした。
 ひとまず恩返ししなくてはと思い友人に色々聞いてみましたが勉強が得意なわけでもなく、目立った趣味も聞きません。ただ、秘密のバイトをしているそうです。
 秘密である以上、余り詮索してはいけません。気の利いたことはできないので直接本人にたずねる事にしました。

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