小説

『僕の前の道』吉岡幸一(『道程(詩)・高村光太郎(著者)』)

 このまま止まっているわけにはいかない。どちらかの道を選んで歩いていかなければならない。青年は歩きはじめる前に再び椅子に腰をおろし道の絵を描き始めた。新しく描き始めたのはこれから選んで進む道、Y字の道であった。
 右の道は、一流の画家になるためわき目もふらずまっすぐに歩いていく道。おそらく食べていくのは難しいが、好きな絵と向き合って暮らしていける道。経済的な豊かさは得られないかもしれないが、芸術家になることを諦めない道。
 左の道は、結婚して家庭を持つ道。生活のために会社員として働き、好きな絵は趣味として続けていくことで満足しなければならない道。
 青年には恋人がいる。結婚も考えているが、生活をするために画家を目指すのではなく、普通の企業で働いてほしいと言われている。恋人を大切に思っている青年は夢のために我を通して画家の道に突き進むことを躊躇っていた。

 青年がY字の道を描いていると、右の道から杖をついた老人が歩いてきた。ぼろぼろの破れた服を着て、あまり食べていないのかひどく痩せている。
「右の道を進みなさい。そうすれば毎日好きな絵を描いて幸せに暮らせるからな」
 老人はそう言うと、歯のない口をにんまりと開いて青年の肩を叩いた。

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