小説

『僕の前の道』吉岡幸一(『道程(詩)・高村光太郎(著者)』)

 青年は黙った。恋人の言うことが理解できないでいた。
「もう答えは出ているでしょう」
 もう一度恋人が言うと青年は何かをひらめいたのか、急に筆を握って描きかけの絵に向かった。
 Y字の道の真ん中に真っ直ぐな線を引いたのだった。右でもない、左でもない道。これまでなかった道。新しい道を描いたのである。
「僕の前に道はない」
 と、青年は声をあげた。
 青年は立ち上がると笑いながら恋人を抱きしめた。喜びが身体の底からわき上がってきた。もっとも困難な道をこれから歩もうとしているのに、幸せでならなかった。
「道を作ろう。新しい道を切り開こう」
 青年はイーゼルを畳み、キャンバスを腕に抱えると、恋人を連れてまっ直ぐに歩きだした。草に覆われた草原に新しい道を作りながら堂々と歩きはじめたのだった。

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