小説

『蜜柑伯父さん』吉岡幸一(『こぶとりじいさん』)

 その日はとても陽気の良い日でした。
 伯父さんは二時間に一回頬に実が生るのですから、実が生る前に設置した空地から離れなければなりません。
 いつもは時間に注意しながら人の途切れた隙間をねらって離れていたのですが、その日はテーブルに置いていた時計の電池が切れてしまっていたようで、時間が経ったのに気付かなかったのでした。
 人も数人きて取り囲んでいたので、時間を気にする余裕もなかったということもあったようでした。
「きゃあ」
 と、女性の一人が伯父さんの頬を指さして悲鳴をあげました。
 慌てて実の生った頬を押さえたときには間に合いませんでした。他の人の目もいっせいに集まり、蜜柑の秘密が白日のもとに晒されてしまったのです。
 言い訳も思いつかないほど頭が真っ白になった伯父さんは、蜜柑をそのままにして家に逃げ帰ることしかできませんでした。
 それから伯父さんは家に閉じこもるようになりました。外どころか部屋からも出て来なくなったのです。
 どうしようもない苛立ちからか、繊細さ故か、頬にできた蜜柑をもぎ取って壁に投げつけることもありましたが、そういったことが長くできる性格でもないのか、すぐに部屋のドアの前にできた蜜柑を丁寧に揃えて置くようになりました。
 その蜜柑は家族でいただいたりしたのですが、ほとんどは専用の大きな冷凍庫を買ってきて保存しました。なんとなく伯父さんの沈んだ様子を見ていると、蜜柑を食べる気にも捨てる気にもならなかったのです。家の前の空地でしていた蜜柑配りは当然終わりました。

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