小説

『月桃の声』久白志麻木(『耳なし芳一』)

 その晩、すっかり疲れてしまって寝床についた依は奇怪な夢を見た。自分の足の爪の先から順に、少しずつ皮膚が木肌のようになっていくのである。動こうとしても脚が動かず、手で体を触ってそれを止めようとするが止まらない。やがて胸のあたりまでがすっかり樹になって、先ほどまでは足の指だったものが小枝のようになり緑の柔らかい新芽が生えてきた。体じゅうがむず痒かった。声を出そうと思ったが、喉も動かない。

 次の日の朝、島のとある漁師が漁へ出ようと船の方へ向かう道中、紅い水琴鈴を拾った。彼は鈴を見て妙な胸騒ぎを感じ、森の中へ続く獣道へ分け入った。
 生い茂る草木を掻き分けて道なき道をぐんぐん進んでいくと、森の中でも開けた場所へ出た。
 そこは、オオタニワタリという島独自のシダ植物の群生地だった。大小さまざまな大きさのものが、岩や木の幹からぐいと身を乗り出すようにして三十株ほど生えていた。大きいものは2メートルほどもある。
 特に、古いすだ椎の木に着生した立派な株があり、その葉の下にまるで護られるようにして一人の男が眠っていた。それはまさしく依だった。漁師の男は慌てて人手を呼び、三人がかりで依を抱え自分たちの集落へ連れ帰った。

 運ばれた後も依は深い眠りについたまま一向に目を覚まさない。漁師の母親であるお婆さんがその様子を一目見て、
「これは、木霊様に連れていかれそうになっとるな。海の水を汲んできたのがあったじゃろ、あれをうんと冷やして、頭からかけなさい。」と言った。村人たちは慌ててお婆さんの言う通りにした。

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