小説

『月桃の声』久白志麻木(『耳なし芳一』)

 依は突然冷水をかけられ、驚きのあまり叫び声をあげて目を覚ました。そうして漁師の男にことの一部始終を聞いて再度驚いた。なんと、自分を呼びよせたあの集落は、島の人間たちの集落でなく島の植物たち――オオタニワタリの集落であったのだ。依はどうやら、彼らにまるで現実のような幻を見せられていたらしい。
 漁師は続けて依にこう話した。
「青ヶ島には昔から木霊信仰というものがあります。植物には精霊が宿っているから、むやみやたらに伐採してはいけないと信じられております。木霊様を祀る祠もあるのですよ。しかし、不思議な話があるものだ。依さんは木霊様に呼ばれ、歓迎されたのですね。では、私たち島の人間にもぜひ歓迎させてください。」
 その晩、今度はその集落の島民に向けて依のライブが開かれた。依は島民たちとすっかり仲良くなり、歓迎の宴が朝まで続いた。

 摩訶不思議なことに渡がくれたヘリのチケットはれっきとした本物だったので、依は皆との別れを惜しみながら翌日のヘリの便で青ヶ島を発つことになった。依を見つけた漁師の男が親切に依をヘリポートまで送ってくれた。
帰りのヘリを待つ間、依は自分を呼んでくれた木霊様たちにもどうにかして礼を告げたいと思い、少し小山になったところへよじ登ってそこから向かいの、秋晴れの空に映える山々に向かって大声で叫んだ。
「ありがとう!また来るよ!」
 すると少し時間を空けてから、待ってるよ、と返事の山彦が返ってきたのだった。

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