小説

『月桃の声』久白志麻木(『耳なし芳一』)

 観客の中には哀しみのあまりにしくしくと泣き出す者がいた。またある者は祈りを捧げるような格好をしたまま瞬きもしなかった。演奏が終わると熱を帯びた観客たちの拍手喝采が鳴り止まず、森の闇の中へずっと轟いていた。 
 ライブを終えた依のもとに渡がやって来て、木のカップに不思議な香りがする琥珀色の酒を注いだ。森の薬草酒だという。
「依さん、依さん……。ありがとう。いい演奏だった。魂が震えました。」
貰った酒で喉を潤しながら依は渡に尋ねた。
「こちらこそありがとう、渡。ところで、どうしておれを呼んでくれたんだ?ここの皆はおれの『月桃の声』が好きだと言うが、どこでおれの唄を知ったんだ。」
「いやあ、僕たちはね、この島にずっといてどこにも行かないことが多いんだけど、その分遠くの仲間たちとメッセージのやり取りをするんです。
 依さんからすると少し不思議な話かもしれないが……僕たちはテレパシーのようなものが使えるんだ。遠く離れた場所にいる仲間と意識が繋がっていて、その仲間が依さんのあの唄は素敵な唄だ、と教えてくれたんです。この島にも月桃は咲くんですよ。」
 渡の説明は何とも突飛で面妖なものだったが、依は妙に納得した。
「そうか……。あの唄はおれが沖縄へ行ったときに作った唄なんだ。丘の上にそれは見事な月桃畑があってな……。でも、月桃たちの様子が変だった。どこか淋し気に俯いて見えるんだ。あんなに美しい花なのにな。近所の人に訊くと、土地開発とやらのために近い内に全部摘んでしまうんだと。悲しくて悲しくて、気付けばおれはあの唄を作ってた。」
依の話を聞いた渡は涙ぐみながら、
「それは……つらい話ですね。でも、月桃たちの声を届けてくれてありがとう。彼らの声をちゃんと聴いてくれてありがとう。」と言った。

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