小説

『ワンルーム・ジャイアント』そるとばたあ(『ダイダラボッチ伝説』(茨城))

「最近は随分と静かじゃねぇか」
 大学の帰りに、アパートの入口で久しぶりに羽賀さんと出くわした。
「お互いに歩み寄りが大切じゃないですか」
「で、ねずみはいたの?」
 ギクリとしたぼくは、階段の途中で立ち止まった。
「き、気のせいでした。こんな坂の上にねずみはいませんよ」
 振り返らずに返事して、部屋のドアを開けようとしたところで、また羽賀さんに声をかけられた。
「そういや、最近はモーター音みたいなのきこえるけど?」
「大学の課題で。き、気をつけますね」
 部屋に入って鍵を閉めると、やっと気が抜けた。
 絶対にチグとハグの存在を羽賀さんに知られるわけにはいかない。口うるさい羽賀さんのことだ。どんな大騒ぎに発展するかわからない。
 そして、ぼくが作っている小人の楽園の存在も知られてはならない。
 部屋中を移動できるように張り巡らせた青いレールの上をおもちゃの電車が走っている。ぼくはその電源を切った。その後、自分の夕食を作りながら、チグとハグのご飯を小さな食器に盛りつけて、床の上に設置したレストランのテーブルにセットする。それから、入浴用のお湯をコーヒーカップに注いでやると、ロフトへと上がり二人の様子を眺めた。
 ぼくはこのロフトからチグとハグの生活を眺めているうちに、二人が喜んでくれそうな町を作ろうと決めたのだ。
 洋服店に、スイーツ店、タライのプールに、観葉植物の森。
 町が少しずつ大きくなるにつれて、二人の距離は近づいていくようだった。
 こんな出来事もあった。
 ある日、ぼくはチグとハグにも宇宙旅行を体験してもらおうと考えた。
 そこでより没入感を作ろうと、洗面所のガラス張りの部分に、天体や星の蛍光シールをたくさん貼りつけた。洗濯機の前の丸椅子に二人を招待し、電気を消す。即席の宇宙が誕生したところで洗濯機をまわして、ちょうど洗濯機の窓の丸い部分にヘッドライトの青い光をあてた。それはまさに地球のように見えなくもない。

1 2 3 4 5 6 7