小説

『ワンルーム・ジャイアント』そるとばたあ(『ダイダラボッチ伝説』(茨城))

 羽賀さんはこのワンルームに広がる奇妙な光景を目にして、固まっている。
「これって、まさか小人の……」
「白状します。これがぼくの大学の課題なんです」
「はぁ?」
 自分でも何をいっているかわからなかったが、話を続けた。
「将来的には、人間が小さくなる技術は開発されます。そのときの町作りのシミュレーションをこの部屋で日夜研究していたんです。今まで黙っていてすみません」
「じゃあ、この紐はなんだよ?」
 ベランダに括りつけられた紐を羽賀さんがぶんぶんと振り回している。
「小人の避難訓練のシミュレーションです。でも、まさか、ぼくのイメージが下の階に住む羽賀さんにまでも及んでいたなんて。これは貴重なデータがとれましたよ。ははは」
 そこで、机のペン立ての裏にチグとハグの姿を見つけた。
「ちょっと探させてもらうぜ」
「どうぞ、ロフトとかありますし、ロフトとか」
 だいぶ不自然な誘導で、羽賀さんがロフトの梯子をのぼっている隙に、机に背をむけて、手のひらを後ろにやる。チグとハグの重さが手にのったのがわかった。
「コーヒーとかどうですか?」
 羽賀さんから見えないように部屋を移動して、死角となる真下の床にチグとハグをゆっくりと下した。羽賀さんが脱いだ靴がドアの隙間に挟まっていて半開きになっている。ぼくはチグとハグに目配せした。
 チグとハグはこちらに会釈をすると、ドアの隙間から外へとでていった。
 羽賀さんがこの部屋にいる今、このアパートを抜けだすことは簡単なはずだ。時間はぼくが稼ぐ。
 チグとハグはこれからどこへ行くのだろう。
 ぼくと羽賀さんの分のコーヒーを淹れたところで、チグとハグ用の小さいコーヒーカップが目に入り、そっと食器棚にしまった。
 ぼくは丸椅子に座って、コーヒーを飲みながら、回り続ける洗濯機を眺めていた。

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