小説

『ワンルーム・ジャイアント』そるとばたあ(『ダイダラボッチ伝説』(茨城))

 好き好んでこんな辺境の地に建つアパートに住む住人は少なく、八部屋ある内、ぼくを含めて二人しか住んでいない。
「朝から騒がしいわ!」
 羽賀さんの叫び声が床下からきこえてきた。羽賀さんは、下の階に住むもう一人の住人だ。
「すみません!」
 低い体勢になって、床にむかって平謝りする。
 住人が少ないのは気に入っている。気に入ってはいるが、あと六部屋も空いているのに、たった二人の住人がアパートの上下で住んでいるのは、なんともバランスが悪いような気がしてならない。
 とはいえ、そこにさえ目をつむれば、日常のダイヤはいたって平常運転だ。

 平和な時間に狂いが生じだしたのは、ある朝だった。
 顔を洗って、インスタントコーヒーを淹れるところまでは完璧だった。トーストを焼こうと、袋から取りだしたパンがかじられている。よく見ると、袋の側面が破けていて、外からこじ開けられたようだ。
「ね、ねずみ?」
 まず、最初に思いついたのが、ねずみが部屋に侵入したというケースだった。数年前に部屋はリフォームされているとはいえ、木造アパート自体はだいぶ年季が入っている。少しの隙間さえあれば、侵入してくる可能性はある。
 その線に絞り込むと、ぼくは部屋中にねずみ捜査網をしいた。
 こんなときでも、空想は広がりだす。スマホを無線機のように口にあてる。
「こちら、坂の途中荘二〇一号室。ホシは室内に侵入し、パンをかじった後、逃走。いまだ、ワンルーム内に潜伏中とみられる。見つけ次第、ただちに確保する。どうぞ」
玄関の靴をひっくり返し、靴箱の靴の中もひっくり返し、洗面所兼バストイレスペースに目を凝らし、キッチンスペースの隙間という隙間も覗き込むと、ベッドの下はヘッドライトを装着して照らした。

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