小説

『いつか、翼が』川瀬えいみ(『鶴の恩返し』)

 翔子は、とにかく、それが気に入らなかった。
 鶴は、翔子に、動物の純真とは対照的な人間の醜悪な性質を想起させる存在。鶴に対する翔子(人間)の思いは、なかなか複雑だった。
 それでも、翔子は、父の活動の手伝いは積極的に行なっていたのである。
 その理由の一つは、もちろん、鶴の保護の必要性を理解しているから。そして、それとは別にもう一つ。
 父の保護活動仲間に、与沢さんという、少々気になる人がいるから――だった。
 与沢さんは、小中高と翔子の父と同じ学校に在籍。翔子の父より四、五歳若く見えるが、翔子の父と同齢で、既に四十路に入っている。
 父の高校時代の卒業アルバムを見ると、当時から、彼が同級生たちとは次元の違う容姿を備えていたことがわかる。見事にシンメトリーな顔立ち。他の生徒と同じ制服を着ているのに――だからこそ?――彼だけが異様に垢抜けて見えるのだ。
 クラブ活動は熱心だったが、学業成績はそこそこ。将来は俳優かモデルになるのだろうと、彼の級友たちは思っていたらしい。それがただの夢物語ではないと信じさせる美貌。実際、彼は、読者モデルとしてファッション雑誌に掲載されたこともあったという。
 同学年に公認の彼女がいて、芸能事務所からの引きがあり、高校卒業と同時に、二人で上京。
 だが、十五年後、一人で故郷に帰ってきた彼は、地元企業に就職。鶴の保護活動に参加するようになった――と、翔子は聞いていた。

「一緒に上京した彼女はどうしたの?」
 十六歳の女子高生として、翔子の興味はやはりそこに向く。
 問われた父が一瞬気まずそうな顔になり、歯切れ悪く与沢さんの恋人のことを語ってくれた。
「ん……まあ、彼女は歌手として――」
 与沢さんの恋人だったひとの名は美鶴さん。彼女は現在も東京にいて、特異な立ち位置の歌手として活躍しているらしい。

 

1 2 3 4 5 6 7