小説

『蜘蛛の糸 その後』門外不出(『蜘蛛の糸』)

 御釈迦様が極楽の蓮池からぶらぶらと歩き始めると、沈んだはずの血の池からカンダタの大音声が聞こえてきました。
「俺を救おうと、蜘蛛の糸を垂らした者よ。お前の罪は問われないのか」

 聞き捨てならない問いに、御釈迦様は極楽の蓮池に戻るとカンダタに答えました。
「私に何の罪があると言うのか」

 カンダタは答えがあったことに驚きつつも、さらに勢いよく言いました。
「自らの罪に気づいてもいない愚か者が極楽にいて良いのか。ここでも不公正なのか」

「何をもって私に罪があり、愚かであると言うのか。私はあなたが生前蜘蛛を助けた功徳に報いて地獄から救おうとしたのに」
 御釈迦様は何となく少しだけ不安になりました。

「もし俺が他の罪人に蜘蛛の糸から降りるように言わず、俺が極楽まで昇って行ったらお前はどうするつもりだったのか」

 御釈迦様は予想外の質問だったので困ってしまいました。カンダタは地獄から救う価値があると思って蜘蛛の糸を垂らしたのですが、他の罪人も登ってくるとは思っていなかったのです。しばらく考えてから、こう答えました。
「あなたが極楽に着けば、蜘蛛の糸は切るつもりでした」

 カンダタの返事は、しばしの沈黙の後でした。
「なんと浅はかな。……そして極楽と地獄の違いがそれほど軽いとは」
 カンダタが深い嘆息の後、続けました。

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