小説

『われてもすえに』霜月透子(『詞花和歌集 巻第七 恋上 229番歌』)

 小学校に入ると、すぐに友達ができた。姫と侍女のような関係だったが、それは加代子ではなく周囲が望んだ関係だった。
 小学校の頃は、加代子の持ち物が高価だといって興味をひき、いつでも周りには人がいた。
 そして六年生のとき、あの少年と同じクラスになった。ケンの餌を食べていた少年だ。名を岩瀬和男といった。
 誰もが貧しい時代とはいえ、みんなどうにか衣食住は確保していたはずだ。しかし和男は誰よりも痩せっぽちで、給食はいつもがっついて食べていた。みんなが嫌って残す脱脂粉乳やぱさぱさのパンもさらっていたほどだった。一部の子たちは、わざと和男の前にパンを落としては「野良犬が食うかもな、なあ岩瀬」と笑った。笑われても和男はそのパンを食べた。
 和男は鉛筆を買うのもままならないらしく、いつも小指ほどの長さの鉛筆を丁寧に小刀で削っては金属製のサックをつけて使っていた。
 あるとき、席替えをしたら加代子と和男は隣同士になった。和男はサックもつけられないほど短くなった鉛筆にぐるりと溝を掘り、六角形の一面だけ四角く塗装を削り取るとそこに目鼻口を描いた。
「あら、かわいい。こけし?」
 加代子が話しかけてくるとは思わなかったのか、和男はびくっと肩を跳ねさせてから頷いた。
「ねえ、この新しい鉛筆をあげるから、短くなったらこけしを作って私にちょうだいよ」
 それきり和男に話しかけることはなかったが、卒業式の日、加代子の下駄箱に、根付けの紐が付いた鉛筆こけしがひとつ転がっていた。

 中学校に上がると、服装や持ち物だけではなく、加代子そのものに価値を見いだす人たちがいた。
「加代子ちゃんは山の手の学校に行けるのに、おうちの方針で公立の学校に通っているのよ」
「本当なら私たち、加代子ちゃんと友達になんてなれないのよね」
「加代子ちゃんはお嬢様だもの」
 そんなことを吹聴する友人たちは、加代子と親しくすることが自らの格を上げると思っていたのかもしれない。
 中学でも和男と同じクラスになったが、席が近くなることもなかったし、もう話しかけたりはしなかった。
 和男は相変わらず貧しいらしく、鉛筆はサック付きのものばかり使っていたし、昼休みはいつもアルミ弁当箱のふたで隠すようにして日の丸弁当を食べていた。
 加代子から話しかけはしなかったが、まだ使える長さの鉛筆を和男の見ているところで捨てたりした。離れてからこっそり振り向き、和男が拾っている姿を見るとほっとした。
 そのころの加代子は、周囲から友達と思われている子たちより、和男のほうがずっと近くにいるように感じていた。

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