小説

『われてもすえに』霜月透子(『詞花和歌集 巻第七 恋上 229番歌』)

 加代子はいわゆるベビーブームの生まれだ。のちに第一次とつく方の。今では団塊世代というのだったか。
 昭和二十三年。戦後わずか三年の雑多で躍然たる時代だ。
 同年代の人たちは言う。あの頃は生きるのに必死だった、なにもないが活気だけはあった、貧しかったけど誰もが同じだった……そんな話を向けられるたび、加代子は曖昧な笑みを浮かべて首を縦とも横ともつかない向きに傾ける。
 そういう時代だったことは知っている。級友はみなそんな感じだった。ただ、加代子は違った。滝川の家は裕福だったといえるだろう。電話もテレビも冷蔵庫もあった。母はよくピアノをひいていた。近所の子や級友が親を「お父ちゃん」「お母ちゃん」と呼ぶ中、加代子は「お父さん」「お母さん」と呼んでいた。親が子を呼び捨てにし怒鳴るように声をかける中、加代子は「かよちゃん」と優しく呼びかけられていた。毎日異なる既製品の服を来ているのも加代子だけだった。
 夕飯があまると、庭で飼っているケンという芝犬の餌になった。あるとき、ケンに出した残飯の皿を片づけようと庭に出ると、少年が砂のついたコロッケにかじりついていた。加代子はかろうじて叫び声を両手で押さえ込んだ。その子のうちが近所でも特に貧しいことを知っていたからだ。
 滝川家は地主だったため、長屋をいくつも持っていた。そのうちの一軒に暮らしている店子の長男だった。少年は泥水で洗ったかのように薄汚れたランニングシャツと継ぎ接ぎだらけの半ズボンを身につけ、明らかに大きすぎる下駄を履いていた。
 それからはケンの餌とは別に、ちり紙につつんだおかずをおいておくようになった。少年はいつも無言で持ち去った。

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