小説

『カチカチ寺』大中小左衛門(『カチカチ山』)

 
 その日の夜、清太はタヌキの部屋を訪ねた。タヌキは書を読んでいたが、清太が話をしたいと言うとこちらに向き合ってくれた。
「和尚様。私は、今日のことにどうしても納得がいかないのです。あんな男に食わせるくらいなら、もっと心根の優しい者にくれてやれば良いではありませんか」
 タヌキは頷いた。
「清太、お前の気持ちは分かる。だがな、初めから心根が優しい者など、この世にはほとんどおらんと私は思う。今日お前に怒鳴った男も、こんな酷い世の中でなく、日々の暮らしにも困らぬ身であればあのような振る舞いはしなかったかも知れぬ。そうではないか」
「そうでしょうか……」
 清太は首をひねった。あのような男、いつどんな場所にいても変わらないと思うが。
「和尚様はどうしてそんなにも立派で、人に優しく出来るのですか。自分たちに悪態をつくような男まで助けてやろうとする理由は何ですか」
 それまで穏やかに話していたタヌキの顔が、一瞬だけ歪んだ。怒らせてしまっただろうか。
 しかしすぐに元の顔に戻った。
「私は立派などではない。清太、私が昔、平気で人を殺せるような者であったと言えば信じるかね」
「そんな。和尚様に限ってそんなことはありえません」
「だが事実なのだ。私も昔、日々の食事にも事欠くような有様だった。私の心は荒んでいた。ある日私は一軒の老夫婦の畑を荒らし作物を奪った。何度も何度も荒らしていたら、そこの翁に捕まって縄で縛られた。
 だが私は、翁がいない間に家の媼に言ったのだ。縄がきつくて痛いから緩めてくれ、と
な。媼は私を憐れんで、縄を緩めてくれた。その隙に私は家にあった杵を使って、媼を殴り殺して逃げた……」
 清太は目を丸くした。この優しいタヌキが、そんな卑劣なことをするなど到底信じられない。からかっているのだろうか。
「翁は私を深く恨んで、近所のウサギに仇を討ってほしいと頼んだ。ウサギは私のところへ来て、お礼ははずむから荷物を運ぶのを手伝って欲しいと頼んだ。
 私は金が貰えるならと喜んで請け負った。しかしそれは罠で、ウサギは私が背負った枯れ木にいきなり火をつけたのだ。私は熱くて熱くて、やっとのことで枯れ木を手放して逃げた」

1 2 3 4 5 6