小説

『カチカチ寺』大中小左衛門(『カチカチ山』)

 
 高僧にも関わらず身なりも質素だった。目下の者や避難民に威圧的な態度を取ることもない。清太はそういう大人に初めて出会った。
 死んだ父親は何かあるといつも清太に手をあげたものだ。
 代官や役人たちは清太たち庶民を家畜か何かのような目で見ていた。今も町中で戦が起きているというのに、偉い大人たちは一向にそれを収めようとしない。
 清太はどうしてこのタヌキがそこまで人に優しく出来るのか不思議だった。ある日、清太はタヌキに頼んでみた。
「和尚様、今度河原で行う炊き出しを手伝わせてほしいのですが」
 この寺の僧たちは避難民に居場所を与えるだけでなく、町の食を得られない住民を相手に河原で炊き出しを行っていた。
「清太、私はありがたいが、良いのか。外にはまだ足軽たちがいるのだぞ」
「何もしないでいるのが辛いのです。和尚様のように、人のお役に立ちたいのです」
 そう言うと、タヌキは嬉しそうに微笑んだ。優しい子だ、と呟く。
 人の役に立ちたいのは本当だったが、清太はタヌキの振る舞いをもっと見てみたくてそう言ったのだ。どうしてこんな酷い世の中でこれほど人のために働けるのか。それを知りたかった。
 河原に着くと、お世辞にも綺麗とは言い難い身なりの住民が山のように集まっていた。タヌキは連れてきた僧たちに指示して住民たちを列に並ばせ、持参した粥を配り始める。
 清太も椀に粥を注いで住民に渡していった。彼らは感謝しながら粥を貰っていく。
 しかしある男に粥を渡した時、清太は突然大声で怒鳴られた。
「どうしてたったこれだけなんだ! 寺にはもっと食事があるだろう。俺たちにはこれだけしか寄こさないのか!」
 清太はかっとなった。
「何だと。それが食事を分けてもらってる奴の態度か。寺に住む人間だって、節約しながら暮らしてるんだ。文句を言うんじゃねえ!」
「このガキ……!」
 騒ぎを聞きつけて、タヌキが近づいてくる。何をするのかと思うと、男に頭を下げた。
「申し訳ない。この子が無礼なことを言ってしまった。しかし今は寺にもこれだけしかないのだ。子供の言ったことだと思って、勘弁してくれないか」
 タヌキがそう言うと、男は悪態をつきながらも椀を持ってその場を去っていった。
 清太は納得がいかない。あんなことを言う男まで、助けてやらないといけないのか。
 タヌキに頭を撫でられた。仕方なく、その場は清太も矛を収めることにした。

1 2 3 4 5 6