小説

『カチカチ寺』大中小左衛門(『カチカチ山』)

 それから一年ほど経った。細川と山名はまだ戦を続けている。寺にはその後も次々と避難民が逃げ込んできて、タヌキたちは近くの寺にも呼び掛けて手伝いを頼み、彼らを助けていた。
 ある日、足軽たちがぞろぞろと境内に入って来た。避難民たちが怯える。
「何の御用でしょうか。ここは見ての通り、寺院でございますが」
 清太は臆することなく、足軽たちの前に出た。彼らの大将と思われる者が足軽を搔き分けて姿を現す。それは甲冑に身を包んだウサギだった。
「寺であることは分かっておる。この寺にはまだ食糧が多く残っておるのだろう。それを我が山名の陣に運びたいと思ってな」
「そんな。ここには民が食べるものしかありません。余分な食糧など」
「山名様が差し出せと言うておるのだぞ。わしは山名の代官だ。逆らうと承知せぬぞ」
 騒ぎを聞きつけて僧たちがやって来る。そこにはタヌキの姿もあった。
「何事でございます」
「おう、そなたが和尚か。山名様に食糧を差し出せ。二度は言わぬぞ」
 タヌキはウサギの姿を見て、しばらく黙っていた。ウサギの方が焦れて、何とか言わぬか、と凄む。
「……お懐かしゅうございます、お代官様。あれから山名の家で出世なされたのですな」
「なに……? そなた、わしとどこかで会うたかの」
「はい、背中の枯れ木に火をつけられ、泥船で沈められたタヌキでございます」
 ウサギの目が驚愕に見開かれる。
「何と。そなた、あのタヌキか。生きておったのか」
「はい、御仏の慈悲にて、生きながらえておりまする。……お代官様、既にお聞きになったやも知れませぬが、この寺には差し出せる食糧などありませぬ。それはここに居る者や、その日の暮らしにも困る者たちの食糧です。お引き取り下さい」
「これは驚いた。そなた、そのような立派なことを言えた義理か。わしは覚えておるぞ。そなたが無慈悲に老婆を殺したことをな。どの口がそのようなことを言う」
 清太はタヌキの顔を見る。だがタヌキの目には、何の動揺の色も見られない。
「あの時のことは、深く、深く反省しております。私は無道なことを致しました。翁に恨まれ、復讐されても致し方ないこと……。しかしだからこそ悔い改め、いま戦に苦しむ京の民たちを救うこと、それは間違っておりましょうか」
「む……」
 ウサギが言いよどむ。

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