小説

『星になんてならなくていいのに』古村勇太(『よだかの星』『雨ニモマケズ』)

「先輩、話していただいてありがとうございます」
 先輩自身が言う通り、兄のいじめを見過ごしていたという点で思う所もあった。けれど、それを責める気にはなれなかった。なにより、こうして真実を話してくれたことが、ただ私には嬉しかった。

 先輩が言うには、本は旧部室棟の使われていない部屋に隠されているらしい。夜にこっそり学校に入って、本を探すことになった。
 日が暮れてからの外出を母が許すわけがないので、見つからないように出なければいけない。
 母がお風呂に入ったのを見計らって動き出す。扉の開け閉めの音が鳴らないようゆっくりとドアノブをまわし部屋を出る。足音を立てないようゆっくりと進み、玄関へと進んでいく。
 そういえば、小さなころにもこうやって隠れて外に出たことがあった。確か、母が兄を何かの理由で夜中に外に締め出したときだった気がする。
 心配になった私がこっそり様子を見に行くと、兄は膝をよせて地べたにじっと座っていた。
『寒くない?』
 私がそう訊ねると兄は『寒い』と言って笑っていた。私が持ってきた小さなブランケットに二人でくるまり、しばらくの間一緒に夜空の星を見上げていた。
『お母さんはどうしてお兄ちゃんばかり怒るのかな』
『お母さんは僕があまり好きじゃないからなぁ』
 当時の兄の年齢で、そんなことを当たり前に言ってしまうことがどれほど残酷なことか。
『お母さんなんか消えちゃえばいいのに』
 私がそう言うと、兄は少し厳しい声で
『そんなことを言っちゃだめだよ』
と返してきた。
『どうして。お兄ちゃんのことばかりいじめるのに』
『――――――』
 そこでぷつりと、私の記憶は途切れている。あの時、兄は何て言ったのだっけ。
「何をしているの」
 私は背中にひやりとしたものを感じた。予想より早くお風呂から上がった母に気が付かなかった。
「こんな時間にどこに行くつもり?」
 私は必死に言い訳を考えたが、何一つ思いつかなかった。ただ母の顔を見るのが恐ろしくて、胸を締め付けられるような気持ちでじっと床を見つめていた。
 私が黙っていると、母はため息をついた。
「ようやく色々片付いたんだから、これ以上面倒を掛けないで頂戴」
 その言葉を聞いた瞬間、私は氷で頭を殴られたかのようなショックを受けた。ばね仕掛けのおもちゃみたく首が跳ね起き、それまで恐ろしくて見られなかった母の顔をじっと見つめた。
「母さんにとって、兄さんの死は“面倒なこと”なの?」
「……そんなつもりじゃないわ」
「兄さんが死んで、清々したと思ってるんだ?」
「何を言って――」
「もう、いい」
 私は母の言葉を遮り、玄関の扉に向き直る。
「待ちなさい」
「触らないで!」
 母が後ろから伸ばした腕を、私は振り返りもせず跳ね除ける。
「大嫌いだ、母さんなんか」

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